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2006年11月26日 (日)

時間ができで超ラッキー!

いま、岡山空港にいます。
東京に行くのですが、飛行機はすでに飛び立っています。

乗り遅れた!?
いえいえ、実は、僕の飛行機は、10時発だったんです・・・
いつも朝一7時30分くらいで行くので、習慣で空港に来てしまった・・・

日曜で、今回はゆっくり出ようとこの便にしていたのに、
習慣は怖いものです・・・
なんとか乗っていけないかと話しましたが、無駄な経費もかかるので、
今日は急いでないから、待つことにしました。

気持ちをすぐに切り替えることが大事です・・・

待つことは、意味があります。

今回もやはり意味があった!
岡山空港に、有料ラウンジができていて、来てみると誰もいない。
そもそもみんな時間通りに来るから、ここを使う人は少ないだろうな・・・

とっても快適でこじゃれたインテリア。
禁煙で空気もとってもいい・・・パソコンのデスクも整備されて、
コンシェルジュがいます。

質のいい図書館かはたまた人のいない美術館のような静けさ・・・
たまらないねー・・・

こんないい場所をただで使っています。しかもドリンク付き。
カード会社のカードの種類で無料になります・・・ラッキー!

さてさて、突然生まれるこのような(突然生まれたわけではないれどね、今回は・・・笑)時間。
これは、神様の贈り物です。
予定外の時間をどう使うか・・・

思いどおりに行かないことを嘆いたり、腹を立てたりしても何にもなりません。
すぐに気持ちを切り替えて、早起きできたこと、ゆとりをもって空港に来れたこと、
何か意味があるとプラス思考で考えること、
この時間にたくさんのことができること・・・

すべては気の持ちようで、その状況をいくらでもプラスに変えることができます。

その状況での気持ちや感情は、自分がつくりだすものです。

だから、自分次第で変えることもできる。

どんなに過酷な状況も、最悪の事態から考えると、ほとんどの場合、
最悪の事態よりもかなりマシだと思います。

どうしたら今の状態をハッピーにできるか、それだけでハッピーは訪れます。

すべての出来事にはメッセージが隠されています。
人生はそのメッセージの謎解きゲーム。
謎解きの熟達者になれたら、人生はかなり面白くなるし、人生を豊かにクリエイトできるでしょう。

動物と人間の違いってなんでしょう?

これって、象徴を扱えるかどうかだそうです。
物事を象徴的に理解したり、意味を与えたり、感じたり、理解したり、
比喩的に捉えるということは、動物にはできない。

犬や猫などのペットに感情移入するのも、擬人的に扱いますが、
実際の犬や猫は、人間のように高度な思考はしていません。
起こった出来事に単純に反応しています。
そのリアクションに人間が、感情移入して、意味やストーリーを構成するのです。

だから、犬は怒られても、こっちが優しく呼ぶと、すぐにしっぽを振って仰向けになる・・・笑

生態ロボットみたいです・・・笑

このように周囲の環境も出来事も、自分がどういう感情で、どんな意味として受け取るか、
ストーリーを描いているのか、それによってすべて決まります。

ならば、楽しいストーリーを描いて人生を送りたいですね・・・

忙しくて、ブログに手がつけられなかったのに、
今日のハプニングで、書けました!ラッキー!

今日は、雨だけど、素敵な一日の予感!

11月 26, 2006 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月19日 (日)

遅めの稲刈りを手伝いに

友人の江里子さんがつくっている田んぼの稲刈りを手伝いに行きました。
Hs 

僕の自宅は周囲を田んぼに囲まれていますが、
全部農家の田んぼで、近代農法・・・現代農法!?です・・・

江里子さんの田んぼは、我が家から30分ほど離れた里山の谷間にあって、
棚田の一部を借りてつくっています。

この田んぼは、完全な自然農法で、農薬や化学肥料はもちろん使いませんが、
なんと田んぼを耕すことすらしないという、不耕機栽培なのです。

スプーンで穴を掘って苗を植えて、水をはり、
後は定期的にはえてくる草を取りのぞいたり・・・
水がはられていると草ははえないのですが、
最後は水を抜くので、その間に一気に増殖するようです。

昨日は朝からお昼過ぎまで、のべ10人ぐらいで鎌による手刈りで
作業し、そんなにおおきな田んぼではないので、一通り刈り終えると、
稲を一束ずつ束ねて、これも、昨年のわらで束ねるのです。

それを田んぼに組んだやぐらで干すのです。

一月ほど干して、今度は足踏みで脱穀・・・・

僕が小さな頃、耕耘機も小型で、稲を刈るコンバインも、手で押して歩くタイプでした。
一部は人手で刈っていたのを憶えています。

こうやって、手刈りを手伝ってみて、丁寧に物作りをすることの意味を感じました。

右から左で錬金術的なことが当たり前の拝金主義の世の中で、
こうした身体を使うことによる学びは大切だとあらためて思ったのです。

晴耕雨読といいますが、徴兵制のように、子供たちや社会人も、
一年に2週間は農業に従事するという義務もいいかもしれませんね。
命の大切さも養えます・・・

稲を刈る中で、カマキリの産卵した巣というのかな?を見つけたり、
天然の麹が稲についていたり、発見もしばしば。

それにしても、腰が痛い本日です・・・・

11月 19, 2006 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月14日 (火)

驚愕のナプスター!!

ナプスターを知ってますか?
チップスターじゃないですよ。それは、ナビスコ。

ナプスターは、月々1980円で、150万曲の音楽が
ダウンロードし放題という驚くべきサービスなんです。
ドコモのCMで赤西仁サマがやってるアレです。

最初は意味がわからなかったのですが、試しに入ってみると、
もう、驚愕です!

http://www.napster.jp/?cid=aws000007

あれもこれも、どれもそれも、バンバンダウンロードされる。
月々1980円なんて、もうタダ同然。

自分のCDラックに無尽蔵に好きな曲が置いてあるようなもんです。

CDがどこにあるかわからなくなったら、検索をかければすぐに出てくるし、
ひとつの曲でも過去に出されたいろんなバーションが聞ける。

それだけじゃない。
いろんなテーマ、ジャンルで分類され、プレイリストがオムニバス、
コンピレーションされていて、勝手に演奏される。
その中で気に入ったのがあればすかさずダウンロードボタンをクリック。

このプレイリストはCDにも焼けるし、友達とも共有できたり、
Webを駆使したユニークな使い方も可能。
もちろん、ナプスター会員同士というのが条件。

このナプスターの自分のライブラリーは、
ナプスター対応のモバイルプレイヤーにダウンロードできるので、
もう、自由自在。

普段アップルのi-podを使っているけど、音楽はi-tuneのストアで購入していました。
一曲250円とか、アルバムでは3000円前後。

同じ内容がナプスターに入ればタダなのです。
ただ、違うのは、このナプスターは専用のソフトを使わないと聞けないので、
ダウンロードされた曲を、自由にデータとして移動できない。
プロテクトされているんです。

でも、そんなことは構いません。
何しろ、どうあっても、自由自在には変わりないのですから・・・

i-tuneでは、視聴はできても、ほんの十数秒・・・
こちらはすべて何度でも聞けるし、ダウンロードしてもしなくてもいいわけです。

FMとかi-tuneラジオみたいにかけっぱなしでもいいし、
あっこの曲いいなと思えば、すぐに保存すればいい・・・

これだけ自由だと、結局所有の概念がなくなる・・・

とにかくすごいんです!
もし、世の中のものが、このように自由になったら、
所有っていったい何だろうってことになる。
物欲がなくなるというシュミレーションみたいなもの。
それを体験して頂きたい!

もともと、ナプスターは数年前にアメリカで設立され、友人同士という関係性で
自由に音楽ソフトのデジタルデータをやりとりし合うという
いろいろと問題を起こした、ウィニーのような仕組みを提供していて、
すごく話題になったけど、著作権問題で告発され、
その後、いまの仕組みができあがった・・・

いまでは、タワーレコードと提携して、新しい音楽流通の仕組みを築き、
低迷する音楽業界の新しい流れを生み出している・・・

そもそも、僕たちが若い頃・・・いまも若いか・・・
中学、高校時代は、お金がなくて、FMをエアチェック、
つまり、FMから録音して、みんなにダビングしたりしていた、
そもそもそういう世界では、個人で楽しむという範囲で
著作権問題は扱いが難しい・・・

まあ、ともあれ・・・ナプスターは、ウィニーではない。
社会に、音楽業界に認められたシステム・・・
もちろん、一部、音楽会社やミュージシャンのボイコットもあって、
ナプスターに音楽を提供していないところもあるけど、
J-POPもほとんどの曲があるし・・・演歌が出て来ないんだよね・・・

インディーズとかは、こういう露出スペースはありがたいし、
ロングテールとしての過去のヒット曲なども、意味がある。

こうして結局、すごく気に入ったものは、CDジャケットが欲しいから、
そのまま、ナプスターと提携のタワレコのWeb通販で購入できる。

本当に革命なのです。

LPレコードをレコード屋さんに行って、ジャケットを吟味し、
内容を視聴できないので、ジャケ買いしていた時代が懐かしい。
そういう時代は、想像力がたくましかったな。
ジャケットのデザインもそう言う意味でクリエイティブだった・・・

ぜひ体感して欲しい!!!!

http://www.napster.jp/?cid=aws000007

11月 14, 2006 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月13日 (月)

生きる力

進化とは、新しく厳しい環境に対応するように、生き延びようとする
生命の神秘が作用して、肉体的な変化を引き起こし、
その環境に対応できるように種を残していくこと。

進化の過程では、潜在意識の生きたいという生存欲求が働き、
厳しい環境の中で、対応できるように変化していく。
これまでなかった神経回路が新しく創られ、
対応できるようになっていく・・・

行というのは、そうした厳しい環境に自らを置くことで、
生存欲求に火をつけ、意図的に成長していこうというところに
情熱があり、そうした自分の変化や自分自身を体験したいという
欲求に基づいて、そこに惹かれていく・・・

自分を高めていきたいという欲求を持つのは人間だけだ・・・

マズローの5段階欲求の頂点である、
自己実現を越えて、創造的に他己実現へと意識を広げていけるのは、
人間だけです。

それが人間に与えられた、唯一の創造性なのです・・・

11月 13, 2006 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

ウォーカーズ

11日にお遍路のドラマがあったということがわかった。
NHKだ。

主演は江口洋介。
江口洋介は、僕の大好きな俳優で、2ヶ月ほど前、
東京の友人がメールしてきて「いま、隣に江口洋介夫妻が食事してます」と・・・
そうそう、森高千里が奥さんです・・・
目黒のAWキッチンというオーガニックな食材にこだわったおしゃれなレストランからだった。
このお店はその友人Uさんがプロデュースに関わったお店で、
青山にもお店があるので、ぜひ行ってみてください・・・
http://www.awkitchen.com/
http://happy.woman.excite.co.jp/garbo/060911/day_02.html

え~何の話や・・・

そうそう、江口洋介主演のドラマ。

「ウォーカーズ」といいます。
東京で携帯電話の会社に勤める主人公が、婚約者と帰省すると、
実家がお寺さんなのですが、住職の父がガンで余命半年と聞かされる。
寺は主人公の江口洋介が継ぐと母に言われ、寝耳に水。

期待する父に何も言えなかった江口洋介は、
父からお遍路を歩くことを薦められる・・・

混乱しながらも歩き始めた江口洋介は、
お遍路を歩く、様々な人々と出会い、彼らがなぜ歩いているのか・・・
彼らの迷いや目的、思いと出会っていく・・・というストーリー。
Photo01

11日に放送が終わって知ったので、全4回シリーズの次回から見たいと思いますが、

実は、お遍路を歩き始めて三日目の10番切幡寺の門前のお店で、
江口洋介が来てドラマの撮影があった話を聞いたのでした・・・
それがこのドラマだったわけです。

撮影は7月5日にスタートしていたから、僕たちが行ったのは10日後。

NHKのドラマ紹介のWebサイトです。
http://www.nhk.or.jp/dodra/index.html

ここを見ると、なぜ歩くのか?
ということがテーマになっていますが、これは僕も道中よく聞かれます。
なんでお遍路やってるんですか?

不思議なものですね。
これが・・・ただ、昔からやってみたかった。歩いてみたかったというのが本音で、
何かを得たいとか、目的みたいなものはないんです。

歩きながら見えてくるかなと思っていたけど、未だ見えず・・・
ただ、歩きながらいろんなことがセンセーションとしてわき起こってくるし、
これは、歩き瞑想なんていわれるけど、まさにそれです。

何かを期待するわけではなく。
ただ、ひたすらに歩く中に、身体と意識の統合があるのです。
ひたすらにひたすらに歩く・・・

過去、延べ何百万人もの人が歩いて、ここに祈りの意識が滞留して、
四国が祈りの電池みたいになってるんだと思うのです。

そこを歩くことで、自分も電池に充電し、充電される。

歩きながらいろんな気づきはあるけれど、
やっぱり最後まで歩いて初めて、いろんな思いがよみがえるのかなと思うのです。

これが終わったら、一度、通し遍路で40日まとめて歩いてみたいなと思ったりして・・・
まだまだ、先は長いのにね・・・

僕はカミさんと夫婦遍路なので、区切りで歩いているので、
終了予定は来年6月・・・

これが終わったら、北スペインのサンチャゴ・デ・カミーノを歩きたいと思っています。
ここはまとめて歩かないと通えないから・・・
カミーノは800キロだから、30日あったら余裕で歩けるね・・・

11月 13, 2006 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月11日 (土)

お遍路は遂に室戸岬に到達・・・

お遍路が続いています。
徳島にはお寺が多くて、ジグザグと徳島市の周辺をまわって、山中を歩き・・・
お遍路をスタートしたのが7月、月に3日歩いて、前回、23番薬王寺まで到達。
いつしか11月になってしまいましたが、
先日、ダライラマの講演翌日に薬王寺から再スタートして、
3日間歩き、遂に、室戸岬に到達したというわけです。

これまで山のお遍路道は、例えば焼山寺へは、600メートル以上山登りなのですが、
遍路ころがしと言われて、なかなか大変な山登りなのです。
どちらかというと山歩きに慣れている僕は、そんなに苦ではないけど、
普通の人にとっては、大変かもしれません。

このような山道がこれまで結構あって、それなりに苦行になりましたが、
実は、今回が正直一番堪えた・・・

何しろ、ひたすら歩くのです。
室戸岬の数キロ手前の岬が、宍喰の手前から見え始めますが、
岬までは70キロ近く。
見えるのに、全然距離が縮まらない・・・

そして、アスファルトをずっと歩くというのは、とにかくしんどいのです。
なぜなら、脚の動きが一定のパターンになって、変化しないから、
一部のパーツが極端に疲労してくるのです。
山道など、心臓や呼吸がしんどくなっても平気だけど、
もうロボットみたいな歩き方になってくるし・・・
はき慣れたトレッキングシューズなのに、初めて靴擦れしました・・・
そのせいで足はさらに厳しく、一足毎に痛いわけです・・・
Pacificosean

しかし、そんなことも吹き飛ばしてくれるくらいよかったのは、
何しろ、太平洋の素晴らしい景色です。
快適な秋晴れの中、気候と景色には恵まれました。

Pacific

室戸岬までは生見を越えると、コンビニとかなくなって、もう大変だからと
聞いていたので、道中のためにいろいろと買い込んで歩いたのですが、
スーパーはあるし、自販機はあるわで・・・
まあ、何より『用意周到なれば意自ずから事を為す』ということで、
安心して歩けたわけだけれど・・・
Susuki

今回歩きながら、ダライラマの翌日から歩いたということもあって、
自分が体験すること、こうして見ている世界について、反芻するかのごとく
何度も考えました・・・

最近のマイブームともなっているのが、すべての世界は主観でしか感じ見ることはできなくて、
客観的に見ると言うことは不可能だと言うこと。

どこまで行っても、その人が感じたい世界を感じ、体験するだけだから。

そう言った意味で、真実はどこにもなく。その人にとっての真実が真実であり、
絶対真実というのは存在しない。
みんなの総和としてのこんな感じが、一般的に言う真実めいたものであり、
それは、いわゆる多数派としての常識であり、正しいとされるもの。

ブッシュ大統領は、正義正義と過去に訴えていたけれど、
世論が変われば、正義も変わる。

この世はうつろなものというのは、まさに、こういう事をいう。
いくつものサイクルの波があって、大きなトレンドは数百年、数千年のトレンド、
小さなトレンドは数ヶ月から数年。

そうした集合無意識のトレンドがあって、
みんなの意識はその流れの中にある。

自分はそうしたトレンドに関係なく生きている、または、
そんな事に感心なく生きている人たちも、
こうした集合無意識のトレンドの波の中にいて、
ともすると押し流されているのです。

真の自由、気づきとは、こうしたトレンドからの自由なのかなって思いました。

僕という存在を知る人にとって、僕から得た情報を皆さんの中で再構成して
それぞれの人の中で、僕という仮想の僕を構成する。
その人が見たい僕だけ、知りたい僕だけ、ファイリングしたい僕だけを
切り取って、勝手に創り上げるんですね。
そして、その人それぞれに於いて、期待する僕じゃなかったら、
批判したり、失望したりね。

でも、真実の僕はここにいる僕でしかない。
本当の僕は、カミさんや子供にもわからないし、誰にもわからない。
神のみぞ知るものなのです。

居酒屋で下ネタばっかり言って盛り上がってる僕を知っている人。
哲学的な話題で、知的な僕しか見ていない人。
たぶん、本当のその人の姿というのは、全部開いてみると、
実は、神様なんだと思うんです。

人間という百科事典があって、そこには人間というすべてがある。
でも、その百科事典の内容を一瞬にして読むことができないように、
自分が見たいページをめくっているのです。

自分自身も、気に入っているページばかり開いていて、
「ねえねえ、ココ見てみて、いいでしょう!?」なんてやってるんです。

ひとつの人生、ひとつの魂の傾向、ひとつの生命体としてのエネルギーのカタチとして、
そうした開き癖が辞典についてしまっている。
だから、本当は、どこでもあるし、開けるように、心も体もストレッチして、
すべてある自分に到達したときに、自由になって、解脱ということになるのかな。

百科事典をどこでも開いて、お互いに楽しむ。

そう言う意味で考えると、ヨガのような修行は、百科事典を開きやすくするね。

だから、みんな歩く百科事典なのです。
そう言う意味でお互いに尊敬し合って、お互いを認め合って、
自分も柔らかい、開きやすい百科事典として、生きましょう・・・
なんてことを思いながら歩いた三日間でした・・・・

11月 11, 2006 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 9日 (木)

正直、最近忙しすぎる!?

インドから帰って、会社のこととか、プライベートのこととか、
もう、やることがいっぱいで、でも、ストレスにならない。
それは、やりたいことしかやってないから・・・

4日に広島は宮島にダライラマの講演に行ってきました。
早めに予約したせいか、また、いい席を確保したので、指定ではなかったけれど、
かなり前方で10列目くらいには座ることができました。
Darairama

宮島の弥山の開創1200年の記念行事として、
大本山大聖院 観音堂にて、数日間のダライラマ法王の講演や両界曼荼羅の大伝授会などが
11月1日から8日まで行われ、僕は4日の弥山開創1200年祭講演会のみの参加でした。

初めてダライラマ法王に会うことができました。
やはり、素晴らしいお方でした。
能ある鷹は爪を隠すといいますが、賢者は自分が優れていると言うことを見せません。
ダライラマ法王は、とても気さくなおっちゃんで、講演の途中も、
侍従の僧侶たちに不意に訪ねたり、講演の中にも冗談を言ったりと、
とてもカジュアルな雰囲気の中で、しかし、とても哲学的で深い内容を語られ、
この日は、仏教の歴史や仏教的な考え方などをわかりやすくお話し頂きました。

チベット語?でお話しをされるのですが、不思議な抑揚やフレーズ、発音が
なぜか心地よくて、何度も気を失いそうになりました・・・
通訳に入る前が何しろ長くて、通訳の方も大変だったと思います。
通訳の方がすごくて、とても難しい哲学的な事を、よくあれだけ訳せたなと
感心しましたが、やはり、チベット仏教の研究者の方か何かでしょうか・・・

いろんなお話しを聞きましたが、特に、これを聞くためだけに来たんだ
という言葉があって、それは、
「あなた方が見ている世界は、本当の世界ではない。
 本当の世界は誰にも見ることはできない」

ということでした。
これは、常々自分が思っている事だったので、よりヒットしたと言うこともありますが、
結局、「見たい世界を見て、体験したい世界を体験している。体験したい世界しか体験しない」
ということです。客観的に物事を捉えることは不可能で、客観的に見るように主観で見ている。
体験は、主観を通さずに認識することは不可能なんです。
だから、誰かの体験も、その人の主観だし、その人の意見は客観的とも言えるけど、
その人の主観を聞いて、その中で自分が受け取りたいものだけを主観で受け取ると言うことです。

だから、客観なんてあり得ないから、全部理解する事なんてできない、
他者の言葉や経験を全部受け取れない、つまり、相手をすべて理解できないのだから、
お互いに相手に対して思いやりと敬意を持ちましょうということなんです。

誰も本当の世界は見れない。主観の総和としての世界がある。
それを僕たちは、世界と見て、知ったような気になってるけど、
本当の世界ではない。こんな感じかなという予測の世界でしかない。

他者に対しても同じで、そうして、人間関係が構築される。
相手に対するひどい思い込みをしてみたり、決めつけてみたり。

やはり、どこまで行っても主観でしかない・・・
100%の客観なんてあり得ないから・・・
限りなく透明に近いブルーならぬ限りなく黒に近いグレー・・・

真実って何だろうと言うことも同じ、真実なんてない。
人の数だけ真実がある。みんなが黒って言っても、それは真実ではなくて、
みんながそういうから黒であって、その時、白も黒になるし、
世界は、みんなが思いこんでいる総和としての世界が今の世界であるし、
そういう意識や思考が現実化する。物質化して未来が形成されていくのではないか・・・

で、結局辿り着くところ、色即是空・・・・

あると思うからあるのであって、ないと思えば無い。
あるもないもその人次第・・・

結局、すべては主観でしかない世界だから、自分の見方を主観であることと理解して、
丁寧に見ていくことが大切だと思うわけです。

そう言う意味で、自分を内観したり、瞑想やただ歩いたり、空や海を眺めたり、
美しい風景を写生したりして、とにかく、一人でぼ~っと過ごす時間が
大切なんですね。。。。

11月 9, 2006 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 1日 (水)

インドでは80%以上が見合い結婚

インドでは、そのほとんどがお見合いで、親の紹介で結婚するのが基本らしいのです。
恋愛もするけど、結婚は別と考えていたり、親の紹介でお見合いして、
恋愛に発展したり、義務的に結婚するケースも多いらしく、
最近は、恋愛から結婚するケースも増えているらしいのですが、
やはり、かなり困難がともなうようです。

インドはカーストが根強くあって、カーストを越えての結婚はなかなか難しいらしく、
二人だけの問題では片付けられないようで、家族、親族の関係がとても重視されるらしい。

恋愛結婚の場合、ほとんどの親はまず反対するそうで、
昔は絶対に理解されなかったと、ガイドのアビナーシュが言ってましたが、
最近では、理解も進んできたかな・・・と。
でも、その彼もお見合い結婚でした。彼の場合は、奥さんをとても気に入って、
親も紹介するからには、息子のことをよく考えて、息子が気に入るような
お嫁さんを紹介してくれるのでしょう。

彼曰く、インドでは30才までに結婚しなくてはいけない。
結婚したら、絶対に別れてはいけないといってました。

その後、リシケシで雇ったドライバーは、離婚してましたが・・・(笑)

何しろ、インドは数十もの民族が集まった、多民族国家。
考え方も風習も様々でしょうが、やはり、ヒンドゥー教の影響が大きいのでしょう。

インドは性的に解放されていないと思っていたのですが、以外や以外。
TVでも、艶めかしいセクシャルな女性が肌もあらわに登場するし、
インドのMTVでは、類に漏れず、アメリカの影響なのか、ミュージシャンの
露出度は、かなりのもので、倖田來未なみだったのには驚きました・・・!

MTVで面白かったのは、インドのヒップホップ?
三人組で、ボーカル、ラッパー、DJコンビ。
みんなスィーク教徒で、頭には、ターバン代わりの小さな黒い帽子のような
カバーをかぶって、メロディアスなソウルをヒンディーで歌います。
曲調はかなりいい線いってるソウルで、しかし、その曲間に入る
ラップのパートが、本場の黒人ラップなら、いわゆるラップが入るんだけど、
なぜか、ここで急にインド民謡見たいになっちゃうんです・・・(爆)

でも、このグループ、すごい人気なんですね。

いま、インドのスーパースターはシャー・ルク・カーン
とにかく濃いんですよ!彼。
TVでもCMでよく登場するし、新聞でも彼が出てました。
しかし、しつこいわけです。なにしろその存在感が・・・

インドのドラマは本当に笑えます。
ホテルや空港の待ち時間でぼぉ~っと見たんですが、5分と見てられませんでした。
とにかく、演出がくどいくどい!
カットがしつこいんです。同じズーミングを何度も繰り返したり、
何度も同じパンを重ねたり、過度な背景演出など・・・
こりゃ・・・韓流ならぬ印流は来ないなと・・・

文化があまりにも違いすぎる・・・
インド映画はレンタルビデオでも見れますが、ドラマは見れない。
チャンスがあったら、インドのこうした文化にも接してもらいたいです。

11月 1, 2006 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)