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2007年3月30日 (金)

ナイノア・トンプソンが日本にやってくる!

先日、僕のインタビューWebサイト「スピボイ」で、
ドキュメンタリー映画「地球交響曲〜ガイアシンフォニー」の
プロデューサー龍村ゆかりさんを取材したとき、運良く、龍村監督にもお目にかかれて、
同時にお話を伺うことができました。

その時に、地球交響曲第三番で、写真家の故星野道夫さんと海洋冒険家・ナイノア・トンプソンとの
不思議な縁、シンクロニシティについて、興味深い話を聞きました。

龍村監督が星野さんと東京で打ち合わせをして、
その2週間後、星野さんは、ロシアのカムチャツカでTV番組の取材中に熊に襲われて亡くなった。

第三番は、星野さんが切り口となって、制作される予定だったから、
制作そのものが宙に浮いた状態になった。

しかし、監督は、何かにひかれるように、予定通りアラスカの撮影に旅立つ。

そこで、星野さんが親しくしていた熊の一族のクリンギットインディアンと会った。

ここで、監督は不思議な体験をするのだ。詳しくは、近日公開する監督のインタビューを読んでいただきたい。

その時、手渡された一本のビデオテープが、ナイノア・トンプソンについてのものだった。

アラスカで、一本の巨木が雪解けの洪水で押し流され、海に流れ出し、
北をまわる海流に乗れば、極東のロシアに流れ着き、動物の住処となり、
朽ち果てて、人々の薪となって燃やされ、天に昇ってまた、アラスカに帰る。

この話を書いた「旅をする木」という、星野さんの本がある。

南の海流に乗れば、いずれハワイへと流れ着く。

ハワイのフラの歌には、北の方から巨木が流れ着き、
その巨木でカヌーを造って、北に向かえと神が伝える歌があるという。

ナイノアはその歌から、アラスカに向かい、クリンギット・インディアンから森の巨木を得て、
先人の旅した何万キロもの航海を実現させる。

そのナイノアと星野さんはお互いに会ったことはなかったが、
お互いにクリンギット・インディアンのシャーマン、ボブ・サムの親友だった・・・。

この第三番という映画は、そんな深いシンクロニシティの映画だ。
星野さんはスピリットというカタチで出演している。

このお話は、龍村監督の本「地球交響曲第三番〜魂の旅」角川書店にも詳しく書かれています。
また、近日公開するスピボイ(スピリチュアル・ボイジャーズ)のインタビューもご覧ください。
http://www.spiritualvoyagers.jp/

「地球交響曲」ぜひ、見ていただきたい、素晴らしい映画です。DVDはこちら・・・
http://gaiasymphony.com/dvd_detail.html

そのナイノア・トンプソンが、ホクレア号で日本にやってきます。
http://www.gohawaii.jp/hokulea2007/index.html


いま、そのホクレア号を支援しています。
皆様からの心温まるご支援をよろしくお願いいたします。
http://gaiasymphony.com/hokulea2007.html

3月 30, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月29日 (木)

物質世界にフィットする人しない人

この世的に成功するには物質世界にフィットする必要がある。

それは物質が好きだと言うこと。

それがいいとか悪いとかではなく、ただ物質が好きだと言うこと。

魂が物質を欲している。

物質によって魂が成長する人もいる。

逆に、魂が物質を求めていない人もいる。

そう言う人は、物質的な世の中では、物質的な成功は得られません。

だからといって、それが良くないということではありません。

精神的な世界での磨かれ方があります。

物質的な成功と精神的な成功の課程である、その中間領域もあります。

物質的に繁栄し、成功している人を見て、否定的な気持ちになるのは、

あなた自身が、それを求めているからです。

かといって、あなたが、物質的であるわけではありません。

その中間領域のどこかにいます。

意識のフォーカスするポイントは、物質領域から精神領域に変わっていきます。

凸凹した表面を鏡のようにピカピカに輝かせるには、

初めは荒いヤスリを使います。そして、その次に、荒いサンドペーパー。

そして、番数を細かくしていき、最後は、研磨剤が入ったコンパウンドを使います。

精神的な人が、番数の荒いサンドペーパーを使って魂を磨くと、

せっかく細かく研ぎ澄ました魂が、荒いサンドペーパーで傷だらけになるのです。

逆に、物質的なエネルギーを持っている場合、細かなサンドペーパーでは、

その荒い面をなめらかにすることはできず、凸凹の接触する凸の先端しか磨かれません。

人には、魂がフォーカスしている場所に合わせた、磨かれ方があります。

そうした人どうしが集まって、互いを磨き合うのです。

川の上流と下流では、石の大きさ、荒さが異なります。

最後は、砂になって、海の中に消えていきます・・・

人は、自分で魂を磨くことはできません。

人によって磨きあい、磨かれあうのです。

だから、あなた自身が変わる必要はなく、ただ、あなたが磨かれる場所に必然的に導かれます。

ただ、あなたであればいいのです。

世界は、約束されたプロセスで、約束されたように進んでいます。

だから、何も悩み、憂うことなく、ただ、在ればいいのです。

それだけで、磨かれているのです。

3月 29, 2007 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (1)

2007年3月25日 (日)

朝一番にやること

おはよう!今日はどんな気分?
今日一日、どうやったら楽しく、快適に、幸せに、そして、豊かに暮らせるかな?
今日、どんな気分を味わいたいかな?

朝起きたら、5分間だけ時間をとって、
明るい、静かな場所で、目を閉じて、胸に手を当てて、
自分の魂に聞いてみる。

一日3回、自分の魂と対話する時間を持とう。

自分という存在を認識する意識は、魂とイコールとは限らない。
本当の魂を偽り続ける意識もある。

自分という魂は、孤独ではありませんか?
一番大切な魂をひとりぼっちにしていませんか?
魂は寂しいって、あなたを待っていませんか?

魂は待っています。
あなたに気づいてもらうことを・・・

朝一番の挨拶は、誰よりも自分におはようを言おう!

3月 25, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月20日 (火)

シンプリシティ


何においてであれ「完全」とは、すべてを脱ぎ去り、
ありのままの姿に戻ったとき、
つまり、加えるべきものがなくなったときにではなく、
取り去るものがなくなったときに達成されるのである。  

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ

3月 20, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

虚像が暴れる・・・巨象じゃなくてぇ〜


本当の自分って、どういう自分でしょうか?

魂が喜ぶことって、どんな状態でしょう?

本当の自分を生きる。本当の魂を生きる。

本当の自分を生きることは、なかなか難しいものです。

本当の魂でない自分を生きている人はとても多いものです。
自分で創りだした虚像を生きて、その虚像が強大になり、
勝手に歩き出して、自分自身でもコントロールできなくなって、
その虚像に押しつぶされそうになる・・・

そんなことが、大小にかかわらず、みんな経験があることと思います。

幼少期に、母親と歩いている。
近所への買い物帰りに、小石に躓いて、転んでします。
ビックリして、思わず泣いてしまう。

母親がすぐに駆け寄ってきて、大丈夫?あー、ここが痛んだね・・・と、
よしよしって言ってもらうとすぐ元気になる。

でも、何やってるの?はやく行くわよ!と、そのままほっておかれたら、
転んだまま、泣きじゃくって、助け起こしてくれるまで、どたばたする。

母親はどんどん遠ざかって、意地になっている自分がもう押さえが利かなくなる・・・
でも、母親は行ってしまうので、最後はあきらめて、おっかける。。。。

コントロールを失いかける瞬間・・・・

そもそも、多くの人は、本当の自分と演じている自分がいることさえ気がついていないものです。
本当の自分を生きることを目指しても、
本当の自分とは何なのか、わかっていても、それを見つけることも簡単ではありません。

例えば、物質的な豊かさ、お金や高級な商品、地位や名声を成功の基準としている人にとっては、
そこに向かうでしょうし、それ自体は何も問題はありませんが、
魂がそれを欲しているのかどうか、それが真の喜びになっているのかどうか、
その整合性にずれがある場合は、どこかで破綻を生じます。

なぜ、物質的な豊かさを求めるのか、
そのモチベーションの根っこは何なのか。
それが、競争や自分の価値証明、持っていないことに対する不安、恐怖にあれば、
そこで得た成功は虚しいものになるでしょう。
物質的な豊かさに際限はないからです。

僕は、お金も好きだし、物質的な豊かさも好きで、大切だと思っています。
でも、際限のない豊かさに興味はありません。

必要なレベルが満たされれば十分だと思っています。

魂が求めているのはそこにないからです。

自分が存在する環境、活かされている環境への感謝と尊敬を感じ、
自分が活かされている大いなる宇宙の存在を感じずにはいられません。

ただ在るということへの満たされた充足感、豊かさを感じることができたら、
あるものに感謝し、すべてを受け入れて、
あるがままの自分とひとつになる。

それができたら、もう何も求めなくなるのかもしれない。

それは、魂が求めていること、魂が生きたい生き方を選択すること。

それを見出すことができれば、本当の自分とひとつになれる。
その時、自分にとって本当の宝物を見つけた満足感と安心、
心の平和を見出すことができるのでしょう。

僕はいま、そんな旅を続けているような気がしています。

3月 20, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月19日 (月)

無意識

意識的な心は、一度に5つから9つの情報を意識できるという。
意識はしていなくても、僕たちは、五感を通して、常に大量の情報を受け取っている。
呼吸や周囲の音、部屋の温度、香り、座っている椅子の状態など視覚すらも気づいていない。
無数の情報の中にいる。

無意識は、何かに焦点をあてて意識している間にも、
こうした膨大な情報の流れに気づいて処理している・・・。

そんなすごい存在である自分に感謝しよう!

3月 19, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月16日 (金)

本当の人生を生きる。

先日、キャッチミー イフ・ユーキャンという映画をDVDで見ました。

スピルバーグ監督の映画で、出演はディカプリオ&トム・ハンクス。

この映画は実話を元にしているそうです。

見方に寄ればすごい深い映画です。

ディカプリオ扮する詐欺師の男といっても18,9歳なのですが、
彼を追うFBIがトム・ハンクス。

実話だったとは信じがたいくらいの話なのですが、
60年代という時代だからこそできた詐欺犯罪。

この詐欺師は、パイロットや外科医、弁護士になりすまし、
偽造小切手を乱発して、現金化しお金を手に入れますが、

お金そのものよりも、彼はなりたい自分になることに情熱があって、
そこにお金がついてくる、もしくは、お金が儲かって、
社会的にも認められ、地位がある人物になることで、

親子関係の傷を埋めようとしていた。

20にも満たない少年が、パイロットや外科医、弁護士になりすませることがそもそもすごくて、
とはいっても、実際に飛行機を操縦することなく、
パイロットであることを自称して、そのために専門的なことをすごい集中力で学び、吸収するんです。

医者も弁護士も、専門書で学び、TVドラマで言葉やしぐさ、ふるまいを覚え、実践する。

他の医院からの推薦書を偽造し、なにしろ、みんな信じてしまう。

ある時はERに急患で、瀕死の状態にもかかわらず、対応に切り抜けたり、
しかし、彼の才能は、何よりもなりきること。

考えてみれば、彼は偽物ではあるけれど、本物と偽物の違いってなんなのかすごく考えさせられる。

彼と出会う人々は、詐欺師であるけれども、
彼と過ごす時間は、楽しんでいたり。

あなたがいま、どういう人生を生きているのか。

その人生は、本当にあなたが生きたい人生なのか・・・

魂は、何を望んでいるのか。

そこから本当の人生を生きるとき、いまの世界はどういう意味をもつのか・・・

いま、僕は、毎日そこにフォーカスしています。

それが幸せと豊かさの源泉に繋がっていると信じているから・・・

3月 16, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月15日 (木)

モスクワ一家

昨日、モスクワからの家族を、友人の慎吾ちゃん一家と案内した。

正確には、お嬢さんが交換留学生、モスクワ大学だ。
両親が日本に来るので、広島を見学したいというので、案内することに。

スパーシーバ、ハラショー、浜省しかロシア語は知らないので、
どうにもならなかったけど、グラスノスチ、ゴルバチョフ、クレムリン、グレムリン、
レーニン 、スターリン、ハバロフスク、バルト、イルクーツク、アリューシュン、
エルミタージュ、キエフ、ポトフ、ボルシチ、マトリョーシュカ、ウオツカと

ロシアらしきものを並べ立て、盛り上がった。

お嬢さんは、日本語もなんとか話せ、英語ができるのでOKだったが、
お母さんも英語がOK。

お父さんは、英語がわかるようだけど、ぼくとつとして語り口が少なく、
でも、家族の会話は華やいでいた・・・う〜む。

父親は建設会社他5社の社長さんで、従業員250人、パート含めて700人をも束ねる。
さすがに、ベルサーチの革ジャンを見逃さなかった。

こじゃれた格好だから、モスクワで買うんですかと聞いたら、
これはミラノ。これはパリいたいな感じで、モスクワはなんでも高いと・・・
だからって、ミラノかい!

でも、46歳、素敵なパパ、ママでした。

宮島、原爆ドーム、資料館など案内。
慎吾ちゃんと、日本の文化もしっかりと伝えることができたと自負しています。

夏以降に、モスクワに誘われ、このままではモスクワに行くことになりそうです。
いえいえ、こういうチャンスがないと一生、モスクワにいかないかも。

ちょっと、マフィアの香りがする、パパさん。

カメラを忘れた、サザエさん状態だったので、写真はまた、イリーナが送ってくれたら
お見せしましょう。

慎吾ちゃんの美人妻。めぐちゃんのブログにて、ロシア人一家公開中。
http://megusaya.livedoor.biz/

もっとつっこんだ、政治とか文化の話したかったけど、
なんかタブーっぽくて、お父さん興味なさそうだったから・・・
日本のことも、ほとんど聞かなかったし・・・

原爆資料館を出てきた後も、スィーツ食べたい・・・って、オ〜イ!

まあ、平和なご家族でした。
素敵な国際交流をありがとう。
ローリアご一行様。


3月 15, 2007 心と体 | | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年3月10日 (土)

フラー博士の言葉

世界を100%人類愛のために、機能させるためにはどうしたらいいか。

バックミンスター・フラー

3月 10, 2007 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年3月 9日 (金)

親友の年収はいくらだろう?

あなたの収入は、あなたの親友の10人の平均収入である。

とよく言われるらしい。
あの人とこの人と、あいつやこいつ。
そうねえ、たぶんこのくらい稼いでるだろうから・・・

で、足して、割ると・・・フムフム・・・ヒャー・・・

でもいい方法があるよ。

年収300万円の親友が9人でも、年収1億の親友ができたら、
自分の年収は1270万円。

年収300万円が3人。
年収1000万円が3人。
年収3000万円が2人。
年収6000万円が1人。
年収1億円が1人。

で計10人。

この場合で、2590万円。

ここで面白いのは、年収1000万円以上の人が、7人もいるのに、
年収300万円の親友が3人いただけで、年収は2590万円になる。

では、この親友との付き合いをやめるて、年収1000万円の友達に鞍替えする。
でも、対して変わりない。2800万円。

結局、自分の年収をさらに高めたいならば、それなりの年収の人と親友になる必要がある。
となれば、そういう人たちとつきあう、または、親友としての深い友情を温められるような
人間にならなければいけない。
そういうメンタリティをも持ち、行動しなくてはいけない。

自分の年収と親友である友達の年収を調べてみよう。

もし、幸せで豊かな人生を送りたければ、友人関係のセーフティゾーンから踏み出す必要がある。
これまで大切にここまでサポートしてくれたことに感謝し、別れを告げる必要があるかも知れない。

そうでなければ、もし、自分の成功への思いが強ければ、
神話の法則でも言われるように、コール・トゥー・アドベンチャー・・・冒険への誘いがやってくる。

それは、思いもかけないカタチで、強制的にセーフティゾーンから追い出されるのだ。

豊かさは無限。
幸せも無限。

自分が選択するだけで、自分の世界は変わる。

3月 9, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 8日 (木)

すべてここから・・・

人がどんな生き方をして、どんなことをやっているかなんて、
本当は自分には関係ないこと・・・

ただ、自分が何をやるのか。自分がどんな生き方をしたいのか。
大切なのはそれだけだ。

そんな生き方が、多くの人の共感を得るなら素晴らしいこと。
でも、人々からの共感が欲しいからと、
そのために自分の生き方を考えるというのは、
魂の喜びを得られるのだろうか。

自己開発は自らのために行うものであって、
自分が他者に認められるための価値証明がために
一番大切な自分という魂にウソをついたり、
自分を他人の次に置くことは、魂を錆びさせる。

何よりも、自分が自分である喜び。

そこにアクセスできれば、比較や競争から抜け出て、
本当の自分を生きることができる。

自分の魂を愛し、自分を愛する。
すべてはここから始まる。

3月 8, 2007 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年3月 7日 (水)

メンタリティがすべてを決める

自分はなぜ自分であるのか。
自分の今の生き方を決定づけているのは、
いまの自分のメンタリティが決めていること・・・

ならば、自分が描く人生をどのように生きたいのか・・・

そのためにはどんなメンタリティが必要なのか・・・

習慣という鋼は強力で、ちょっとやそっとでは曲がらない。

毎日少しずつ曲げていくことで、ある時振り返ると、大きく曲がっているもの。

メンタリティは、その曲がる方向を決定づけるものだから、
自分がなりたい、生きたい人生にメンタリティを合わせて、
あたかもその状態を生きているがごとくに、精神意識をフォーカスさせる。

そのメンタリティを持たなければ、
気がつくと、もとの自分に戻ってしまう。

ボディ、マインド、スピリットがあって、
このメンタリティを決定づけるのは、マインド。

本当の魂は、行きたい方向を知っている。

でも、過去の習慣や環境、個性やカルマが、マインドレベルの記憶として、
意識を縛り、魂が求める方向になかなか向かえない。

魂の声を聞き、魂のおもむく方向はどこに向かっているのか・・・・

魂が喜ぶの人生の行き先は・・・

そこから、メンタリティを考える。

自分が変われば、世界は変わる。

3月 7, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 6日 (火)

昔から言われている・・・

自己の責任は自己にあり
自己の作り主は自己であり
運命の作り主は自己自身である

                               沖正弘 

3月 6, 2007 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月 4日 (日)

動き始める世界・・・

大きな船は、すぐには向きを変えられないけど、
一度向きが変わり始めると、小さな船よりも遠くへ行ける・・・

3月 4, 2007 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)