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2009年8月12日 (水)

魂って核があると思ってたけど。。。

魂って、自分の存在の中心だと思ってた。

基本的には、自分という存在の座であり、中心ではあるんだけど

その魂の中心は、イメージ的には、ぽっかり空洞になっていて、

僕たちの3次元世界から見ると、ちょうどリングのようになっているみたい。

う〜ん、こんな何の根拠もないことを言っていいのかなあ。。。

まあ、証拠は何もないので、信じないでくださいね。

ただ、魂を理解するためのイメージくらいに思っておいてください。

そもそも、本質的な世界は、3次元的な空間世界ではないので、
リングという形態そのものでは表現できないのだから。。。
その段階で、ウソだよね。。。


まあ、理解のための手段として、リングの内側は、何もなくて、
ボイド(虚空)なんです。


Photo

でも、この虚空こそ、人間の知性を超えたバイブレーションの世界であって
そこは、人間には理解できないカタチで、満たされていて、
とんでもない情報量に満ちています。

以前、僕たちの銀河系には、1000億の恒星があるって書いたけど

そんな銀河が、宇宙空間には、1000億もあるらしいのね。

とんでもない数なわけで、宇宙の広がりってどんだけよって思うわけです。

だから、この情報量って尋常な意識で考えたら、
もう、人間の思考は、一瞬にして焼き切れてしまう、いや、存在が消滅してしまうほどの
情報量なんだと思うんだよね。

なんで、虚空なのかって、そこには理由があるってことです。

素人がプロ野球選手の剛速球を打てないように、
素人がF1を乗りこなせないように・・・

それぞれに扱えるレベルがあるということ。

僕たち、人間は、人間である以上、どんなに天才であっても、
たかが人間のレベルなんですね・・・宇宙の前では。。。

で、言いたいのは、そんな話じゃなくて。。。笑

そうそう、そのリングなんだけど、

そのリングは、受信機なんですね。

つまり、魂ってのは、思考があって、何か自分の根源的な意志みたいなものがあると思ってるんだけど、

実は、その根源的な意志は、全部、その虚空の中にあって、
そのリングの傾向が、それぞれの魂として意識的に知ることができる
意志の限界ということになるんです。


その意志の傾向を決めてるのが、このリング状の魂で。。。

それは丁度、テレビみたいなもの。

ある人は、モノクロテレビかもしれないし、ある人はハイビジョンででっかいプラズマテレビかもしれない。

そんでもって、ある人はスカパー!まで見えるかも知れないし、
録画も自在にできるかもしれない。。。

受信がすごくクリアな人もいれば、受信がうまくできなくて、
録画した映像を繰り返し流してる人もいるかもしれない。。。

国内のテレビは周波数が異なるので、見れないテレビもあるだろうし。。。

結局、情報はいつも発信されているけれど、
その情報をどうやってキャッチして、表現するかは、自分の魂の特性によるわけで、

ある人には、映る番組が、自分には映らないと言っても、それはその人それぞれの特性なわけです。

だから、魂そのものが受信機で、その受信機の特性がどう決まるかは、
これまで生きてきて、何度も何度も転生してきた中で、
本来の魂の軸に、綿菓子のように絡んで、創り上げてきた魂のカタチに従うわけです。

今生の人生は、自分で選んで生まれてくるそうですが、
僕もそう思っていて、でも、それをどう選んでいるかってのは、
実際に意志として選ぶと言うよりも、その傾向から結果的にそうなってるというのが近いニュアンスだと思います。

つまり、鍵穴のカタチにあったカギしか鍵は開かないわけでね。。。

そういう意味で、決まっているといえるわけです。


いずれにしても、魂がリングのようなもので、受信機であるというもののようなんだけれど・・・

3次元的に表現するのは、難しいね。。。


8月 12, 2009 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月11日 (火)

そこに全てがある

ロン・ハワード監督のThe Moonを見た。

http://themoon.asmik-ace.co.jp/

アポロ計画のNASAの記録フィルムとアポロ計画の宇宙飛行士のインタビューで構成されたドキュメンタリーだ。

アポロ計画で月には行っていないとする人たちもいるけれど、
僕は、行ってるでしょう・・・って思う。

行ってるか、行ってないかなんて、どうでもいい。

中には、地上のセットで撮影したものもあるとかも知れない。

それはそれで、何かそうしなければいけない事情があったんだと思う。

追求したい人は、追求すればいいとも思う。
ある時、事実が判明する。『やっぱり、スタジオでねつ造された写真がある』

かまわないじゃないか。。。笑


そんなことよりも大事な事実を見て欲しい・・・

宇宙空間にぽつんと浮かんだ地球だ。
とても美しくて輝く、宝石のようだ・・・


当時、1970年前後、世界の人口は30億人だった。。。

今では、70億人に迫ろうとしている。

わずか40年で、倍以上に増えている。

これは、驚異的なことだ。

1800年の世界人口は、わずか10億人。

古代世界から人口は増えていき、近代に入る前、
世界は1800年代まで、ほぼ10億人だったようだ。

産業革命以降の近代に入り、1930年には、倍の20億人になった。

日本も、室町時代の人口は、わずか、1100万人。
奈良時代は、600万人だったそうだ。

その当時の人口から考えると、他人とはいえDNAのつながりのある人もかなりいることだろう。

そうそう、地球の話。。。

そんな70億ちかい人間の命がある星も、
大宇宙の中では、チリにも満たない、小さな星だ。。。

僕たちは、目の前の出来事ばかりに目が奪われがちだけど、
そんな時。。。宇宙から地球を眺めてみよう。。。

すべてがひとつだってことが簡単にわかる。

大宇宙が神様だとしたら、神様自身、自分の一部である地球の存在を知らないかもしれない。
僕たちが、背中の細胞のひとつに、意識が向いていないように・・・

でも、僕たちは知っている。

僕たちが宇宙の一部であることを。

僕たちには、全てがある。無限の宇宙も、微細なミクロの世界も、
そして、元素を構成する量子よりも極小の世界も。。。

そこには全てがある。

宇宙は、ロシア民芸のマトリョーシュカのように、無限の入れ子。

でも、その全てがあってひとつの宇宙なのだ。

8月 11, 2009 心と体, 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 4日 (火)

人生はプロセスの連続・・・目的にはあまり意味がない

自分は人生で何がやりたいのかわからない人も多いと思う。

何がやりたいのか、わかっていると思うんだけれど確信が持てないという人も多いと思う。

何より大切なのは、

「あ〜、こういうことがやりたいな〜」とおぼろげながらでも持てること。

人生は、きっと何かをしようとしてこの世に生まれてくる。

何か、この世的に、たいそうなことをやり遂げようとしてくる人もいれば、

静かに暮らしてみようという体験をするために生まれてくる人もいる。

海外旅行で、ラスベガスに行くのが楽しいと思う人や
秘境に冒険旅行に出かけることを楽しみとする人がいるように、

日常から離れて、南の島で、なーんにもしない日々を過ごしたいと思って
旅に出る人もいる。

同じように、あの世から、この世に生まれてくるときに、
どんな人生を生きようかと、おおよそそうしたパックツアーなり
バックパキングな一人旅を選んでくることに間違いないと思う。。。

だから、旅に出るということに何も違いはないし、
旅人として、何の違いもない。

ただ、それぞれの旅の楽しみ方があるだけだ。

ニューヨークを楽しみたい人が、険しいジャングルを旅する人をうらやむことはないだろう。

次に行くなら、ジャングルというのは在るかも知れない。

でも中には、本当は、ジャングルも行ってみたかったけど、

ひとまず、ニューヨークかなあ。。。って旅に来てみて、
思ったのと違ってて、やっぱりジャングル行きたい。。。なんてのも在るかもしれない。

でも、そういうオプションも最初に計画してやってくるのだろう。

全てが筋書き通りとは行かないかもしれないけれど、
おおよその、旅程は決まっていると思う。


人生は山登りに似ている。

本当に登りたい山がある。

でも、その山は深く、険しく、もしかすると命の危険も伴うかも知れない。

本気で登りたいし、登る以上は生還したい。

だから本気になる。。。

本気だから、失敗したくないから、準備も怠らないし、
真剣に調査したり、いざ、準備ができてもなかなか踏み出せなかったりする。

その山について、調べれば調べるほど、自分には無理に思えてきたりするかも知れない。

でも、何か惹きつけられるし、呼ばれている気がしてならない。

実際に登り始めて、その山じゃないと思うかも知れない。

ほとんど、山頂に近づいて、そんなことに気がついたら、
もう一度、戻って、本当に登りたかった山を見つけることができるだろうか?

それとも、もう、登る体力や時間も残されていないかもしれない・・・

そうして諦めるだろうか・・・

多くの人は、そうして、人生の目標を諦めて、探し求めることもなく
無難な山に軽装で登り、うたかたの成功に納得してみようとしたり、
自分の山ではないことがわかっても、その頂まで登り
そこからは、真に登りたい山が見えても、
麓まで降りて、再度挑戦する体力も気力も残っていないと思ったりする。

ここで、あの山を眺めて、余生を過ごすのか。。。

人生はプロセスの連続だ。

結果にはあまり意味がない。

この山では無かったと、山を下りている時にゲームオーバーになるかも知れない。
でも、それでいい。。。
大切なのは、そこに向かおうとしたことだ。。。

自分がどこに向かうのか、実際に歩いてみることが大事だと思う。

その先に、目的地に着こうが着くまいが、それはエゴを満足させるだけだ。。。

考えてみれば、僕たちは、宇宙の意志の中を旅しているにすぎない。

宇宙の意志は、人間の知性を超えた目的めいたところに向かっているはずだと思う。

そこに行くには、人間の知性のレベルでは、到達し得ない目的地かもしれない。

そうならば、僕たちが目的と思っているのは、

豪華客船に乗り合わせ、その船の中で、自分の目的を達成しようと躍起になっているのと同じかも知れない。

いくら船の上を走りまわっても、

真の目的地にはいけないのだ。

ただ、何もしなくても、船は確実に目的地に向かっている。

そう、全ての人は、宇宙の意志によって、運ばれている。。。

だから、旅人に何の違いもないということなのだ。。。

8月 4, 2009 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)