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2010年4月13日 (火)

内なる世界がすべて

明日から東京に移動、東京も明日から曇り→雨みたい。
曇り、雨と一緒に移動だな。

天気や環境に左右されるようでは、まだまだ内的世界を外部と統合できてないということか・・・笑

カナダや北欧では、冬に自殺者が増える・・・

太陽が昇らない、暗く、寒い、雪と氷に閉ざされた世界で、

昔は、共同体にシャーマンがいて、みんなで支え合い、物語という共同幻想、

共有する内的世界を持っていた。

だから、そうした物語は、内的な世界ですごくリアリティを持っていて、

子供が、おばけを本気で怖がったり、魔法使いの話をとてもリアルに信じていたように・・・

だから、日本も昔はカッパがいたわけだ。

川岸の草かげに見えるものを、何某かの怪しげな生き物と思い込み、

それはカッパだと言うことになれば、カッパはいたことになる。

内的世界と外的世界はつながっていて、そのように世界を理解することで

とてつもない自然と対峙するときに、そのような物語によって

耐えきれない精神を保っていたのかも知れない。

病気は、心の病と言うけど、気の持ちようで、身体は変化し、抵抗力も生まれ、

治癒力も発揮する。究極は、意識の力だけで、肉体存在を超越できるはずだ・・・

おそらく、現実とはそんなものなのだろう。

現代のリアリティとは、内的世界と外的世界の分離で、そこをつないでいたアダプターが取り去られてしまった。

家族の絆も、社会との絆も、自然環境との絆も・・・

インターネットやツイッターは、そうした内的世界、精神的世界と外的世界をつなぐ、現代の親和であり、

アダプターとして、僕たちは、無意識に求め、つながろうとする進化のプロセスなんだと思う。

その先には、インターネットも必要なくなって、この象徴的な機能を追体験することによって、

本来持っているテレパシックな本質的な力を、思い出そうとしているのかもしれないね・・・

4月 13, 2010 心と体 |

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