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2010年7月31日 (土)

相対性って・・・

可愛い女の子と一時間一緒にいると

一分しか経っていないように思える

熱いストーブの上に、一分間座らされたら

どんな一時間よりも長いはずだ

相対性とはそういうものだ

アインシュタイン


結局、ものごとの価値は、それをどのように受け止めるかで決まる。

絶対的な価値は存在しないのだ・・・


7月 31, 2010 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月28日 (水)

Dr.パルナサスの鏡とインセプション

昨日、映画インセプションを見に行った。

ストーリーがちょっと複雑で、理解できなくなるところもあったけれど、

後半で、ストーリーが一気につながって、なるほどとわかった。。。

いくつか気になるところがあったけれど・・・

例えば、睡眠剤のようなもので、仲間たちや相手と一緒に睡眠に落ちていくことはわかるけれど

だからといって、どうやって他人の夢に入っていくのかがわからなかったり

言い出せばいろいろとあるけれど、まあ、それを無視してもいいだけ

面白い映画ではあった。

この映画はいろんな見方ができると思うけど

僕にとっては、現実って何?

というのをすごく考えさせられた。。。

これは、マトリックスでも同じで、いわば、

ディカプリオ版のマトリックスで、そのマトリックス空間を自分で創造していくことができ

さらに潜在意識の領域に絡んで、自分の無意識が夢の世界では空間や現れる人物やものとして反映される。

これは、タルコフスキー監督の惑星ソラリスとも通じる。

夢の世界を自由に創造し、コントロールして、構築できれば、

何もかも思うようにできるから、そちらの世界から現実に戻りたくなくなる。

現実世界に失望した人が、刹那的にこの世界を垣間見ると

そこから出たくなくなるのも当然かも知れない。。。

これは、現実世界から逃避したくて、スピリチュアルな世界に足を踏み入れ 妄想と現実の区別がつかなくなるような場合も同じ事。 インセプションでは、自分が現実の世界にいるのか、夢の中にいるのかがわからなくなるときに ある方法を使うのだけれど、思いこみの世界に入り込んでいるのか 客観的に、自分を見つめられるのかどうかはとても重要なことだ。

Dr.パルナサスの鏡も面白かった。

パルナサス博士の鏡の世界では、自分の潜在意識で思っていることが具現化する。

怖れを持っている人は、その怖れを具現化し

愛や喜びを感じている人は、その人なりの喜びの世界を創造する

描かれる世界は異なるけれど、

ある意味でよく似た考え方の映画とも思えた。

いずれにしても、こうした夢の世界と現実の世界。

僕たちが現実と思っている世界は、時間と空間の世界で、
そのための制約があると思っている。

こうした現実は、思いこみだと完全に理解できたら、

この現実世界でも、物質を出現させたり、消したりもできるだろうし、

世界を自分が思うように創造できることがわかると思う。

いま、目の前に拡がっている世界や自分の人生を彩る様々な出来事は、 すべて、あなたが創造しているもの。

あなたの生きる世界は、あなた次第なのだ。

7月 28, 2010 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年7月27日 (火)

いつも平和でありたいね

昨日は、高知でサーフィン。

最近時々、日曜の早めに仲間と出て、

中村の居酒屋で飲むのが楽しみです。

何しろ、料理がうまい!

定番は、やっぱり鰹のたたき・・・

新鮮な肉厚のたたきや四万十の川エビ、地元の魚などを肴に

冷たいビールに、地酒は最高です。

中村でも、いくつかよく知っているお店がありますが、

以前、タクシーの運転手さんに教えてもらった「味劇場ちか」というお店が気に入って

足繁く通っています・・・笑

ここの料理人の一人、ヒデちゃんは、ローカルサーファーで
お店で声をかけて友達になった一人です。

ヒデちゃんはとってもおちゃめなサーファーで、とってもピースフルな人物。

奥さんのために自分でシェイプしたという、お手製のピンクのサーフボードで、
奥さんが乗らないからとお気に入り、ハートマーク入りのサーフボードで

見た目とは裏腹に、タフなライドを見せてくれます。

そんなヒデちゃんは、いつもニコニコ。

海の上でも、ニコニコしてて、ローカル仲間でもだれでも、
とっても平和なエネルギーを発しています。

特に、昨日は、10時くらいから、とっても整ったうねりが入りだして、
無風だったために、面も整って、最高のコンディション。

メロウなファンウエイブで、思わず雄叫びが上がる最高のひととき。。。

そこにいたみんなが、素晴らしい平和な時間を味わったのでした。。。

日焼けして真っ黒な・・・僕もか・・・
そして、白い歯でニコニコしてるヒデちゃんの人なつっこい笑顔が印象に残ります。

やっぱり平和が一番だね。。。

Peace of mind

どんな時でも平和を感じていたい。

あらためてそう思うのでした・・・

7月 27, 2010 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年7月22日 (木)

すべてはプロセスの中に・・・

生き方にルールはありません。

だけれど、これは正しいのだろうか、間違っているのだろうかと、
苛まれる事も多いでしょう。

正しいか、正しくないかではなく、
それをすることで、楽しいのか、幸せと感じるのかで見ていけば、
自分にとってウソはないわけです。

ルールはないんだから、好き勝手にやればいい。
だけど、その好き勝手によって、誰かを傷つけるのはNGだと思う。

傷つけるつもりはなかったけれど、結果的に、そうなることもある。
それは仕方のないことだと思う。

そんな時は、誠心誠意お詫びをする。
それは自然な事だと思う。

人を傷つけて、楽しいとは感じないはず。
人を傷つけて喜ぶなら、それだけ、自分を傷つけていること。

物事に正しい、正しくないはなく、あるのは、行いをして、その結果があるだけ。

因果応報。

原因と結果。

すべてはプロセスの中にあって、永遠へと続いていく課程でしかない。

その中で何を体験するのか。

その体験から何を得るのか。

それが、魂の糧となる。

そこから、魂は磨かれ、成長する。

誰しも、生まれもって、完全な人はいない。
そんな人は、この世界に生まれてくる必要なんてない。

みんなプロセスの中にいる。

川の上流で、岩と岩がぶつかりあって、
下流に流れ着く頃には、河原の丸い石になるように、

ぶつかりあって、角が取れる。
角のある石は、河原の丸い石を傷つける。

だけれど、そんな石は河原にはない。
必要な場所で、必要な学びがあり、磨かれ方がある。

自分はどんな人間関係にあるのか。
どんな環境に生きているのかを見れば、
上流なのか、中流なのか、下流なのかがわかるはず。

かならず、いつかは角が取れて丸くなり、そして、磨かれながら、
最後は、小さな石となり、砂粒となって、大海へと還っていく・・・

存在とはそんなものだ。

7月 22, 2010 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2010年7月18日 (日)

溶岩パワーで毒だしてきました。。。

昨日、友達のじろうさんと広尾の溶岩ストレッチに行ってきました。

これまた友達のピラティス、ヨガインストラクター、IZUMIさんが指導する日で、

いわゆる、ホットヨガのような感じなのですが、初体験しました。

この場所は、普段、男子禁制のスタジオなんですが、

週に2回だけ、夜10時〜11時のコースのみ男子に解放されたばかり。。。

マグマスタジオというだけあって、

スタジオ内は、灼熱の地獄と化し、地響きや火山が爆発する轟音、

がれきが飛び、火山灰が降り積もり、溶岩が流れ出て、

インストラクターは、ムチと棍棒を持ち鬼かSM嬢かという

とんでもない演出の中で、ゆったりとした、平和な心地よいマインドを養うという・・・


そんなわけはないでしょう〜!!


失礼しました。

マグマスタジオというだけあって、

床は、溶岩のタイルが敷き詰められて、とても暖かく、

結構熱い・・・かな。。。

40度〜45度くらいかな。。。?

そこにバスタオルを敷いて、お水を持って中に入り、

せんせの指導のもと、ストレッチをしていきます。


さすがに、初めてまもなく、ぞうきんを絞るように汗が噴き出してきます。

僕は、ヨガをやってるけど、これほど吹き出すのは、アシュタンガヨガでもここまでいかない。。。笑


これは、体内の老廃物をどんどん出してくれるのは間違いないです。

溶岩は、富士山の溶岩と言うことで、日本最大のパワースポット富士山のマグマのバイブレーションの中、

温められた溶岩は、遠赤外線を発して、体内から温めてくれます。

冷えは万病の元、身体を温めることで、免疫力がとても高まります。


ヨガも、本格的になると思いの外ハードな要素もあるので、

ここなら、運動不足の男子も、快適に、しかも、内側から老廃物のみならず、

不必要なため込んだエネルギーも出せるのではないかな?

身体が温まるので、間接も柔らかくなり、ストレッチもとてもよく効きます。

昨日は男子4人しかいなかったので、もったいないなあと思いました。


とっても快適なスパのような、おしゃれなスタジオなので、

毒の溜まった男すぅぃ〜のみなさん、ぜひ、土曜日の夜10時〜
美人インストラクターのIZUMIせんせのストレッチに参加してみてはどうでしょう〜?

それにしても、ホットヨガのせんせでもある彼女は、
このような暑さの中で、場合によっては、1日に4本もクラスを持つそうで・・・

もっすごい、新陳代謝で、身体いつもスッキリのようです。それはそうだ。。。

老廃物を出しまくった、僕とじろうさんは、1Fにあるカフェに行って、

僕はビール、飲めないじろうさんは、ジュースで乾杯し、

今日一日のおつかれちゃんとなりました。。。


マグマスタジオ インシー insea
http://www.in-sea.jp/

7月 18, 2010 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月17日 (土)

ヒキガエルとパラレルワールド

昨日、友達と会食して、駅から代々木のマンションへの帰り道。

いつもの公園の前の道で、男女のカップルがいて、

女の子がしゃがみ込んで、何かを携帯カメラで撮影してたんです。

何だろうと思って、見てみると、なんと、ヒキガエル!

体長15センチ近くはあろうかという、大きなカエルでした。


アスファルトの上を歩いている・・・なぜ?


公園には、木々はあるものの、住宅地の隙間の小さな公園です。

周囲は、コンクリート・・・

どこからやってきたのか・・・?

そして、どこへ行くのか・・・?


不思議に思いながらも、横目に見ながら、マンションに帰りました。

途中、何度も、珍しいから、自分も携帯で写真撮ろうかと考えながら。。。

結局、マンションの玄関で引き返し・・・

再び、公園に戻ってみました・・・

この間、わずか、2分少々だと思います。


しかし、そこにはすでにヒキガエルはいなくて、(あ〜あのとき撮っとけばよかった・・・)

もちろん、カップルもいません。

なんとなく、公園にいた数人の人々も、違う人のようにも思え・・・

何しろ、その場の空気が違う。。。


それで、ふと思ったんです。

パラレルワールド・・・


僕たちは、いくつもの平行世界があって、選択によって、その平行世界のレールを乗り換えている。


平和な意識を持った人は、平和な世界を体験し、

怖れを持った人は、怖れの世界を体験する。


でも、何らかの意識の影響で、コンピューターソフトのバグのように、

突然、別の次元世界を体験したり、垣間見たりすることがあるかもしれません。


普通に歩いていて、突然、時空のポケットのように、

そんな場所に迷い込んだような体験はありませんか?


僕のお友達のNさんは、ワシントンに住んでいたときに、街角を曲がったら、

突然、空気が変わって、人の気配がなく、異様な感じがして、

そのまま歩いていると、31アイスクリームに何人かの人がいて、よく見ると

みんな顔が半魚人だったらしく、気がつけば、街にいる人はみんな半魚人だったようです。

彼女は、慌てて、車を止めてあった元の場所に、急いで戻ったらしいのですが、

その角を曲がると、また、普通の街の様子だったそうです。


不思議な話ですが、僕は、とてもリアリティを感じています。

こうした体験について、お酒のせいや何かの薬だとか、疲れていたとかなんとでも言えます。

でも、大切なのは、こうした体験がどうあれ、本人の体験として起こっていると言うことです。


昨日のヒキガエルも、どうしてあそこにいたのか・・・

あのヒキガエルは、カップルのペットで、路上撮影のために、連れてきていたのだろうか?
これは、十分あり得ます。ヒキガエルは、ペットに最適です。
のそのそと動きが鈍いカエルです。

もう一つは、側溝などを住処にして、繁殖している?

ヒキガエルは、山間の自然が豊かなところにしか生息しないと思うのだけど
繁殖以外は、木々の木陰にいるようです。


いやいや、一瞬パラレルワールドだったのかも。。。笑

似たような経験、何だか変な時空に入ったような体験はありませんか?

7月 17, 2010 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2010年7月 7日 (水)

表現したいことを表現する・・・

人気があるってなんだろう・・・・

人気は、人々の注目を集め、求められていること。

求められるというのは、ニーズとウォンツ。

つまり、必要性と欲求があるということだ。

必要性とは、例えば、砂漠で生き延びるには、水は不可欠で、まず水が必要なように、

その人にとって必要なものが求められると言うこと。

そして、欲求は、必要性がなくとも、欲しいものが求められると言うこと。

嗜好品やブランド品は、必要性がなくとも、求められるもの。

これらが、多くの人のニーズとウォンツの合っていれば、それが人気という結果で表れる。

人気は、創ることもできる。

それは、多くの人々のニーズとウォンツを満たせばいいからで、

特に、ブーム的な人気は、ニーズとウォンツをよく分析して、
タイミング良くコントロールしていけば、人気を創ることができる。

それとは逆に、何か意図的にするでもなく、密かに知られるものとなって、

ある時、それが人から人へと伝わり人気となるものもある。

それが、メディアの知られるところとなれば、一気にブレイクしていく。

人は感覚を共有することで安心感を得たり、喜びを分かち合うもの。

それは、人間は社会的な生き物だから。

人に伝えたいのは、人間の本質でもある。

楽しかったこと、嬉しかったこと、面白かったことなどは、
誰かに伝えて、体験を共有することで、その体験がより長く響き、
味わうことができるところに快感がある。

そうして、インパクトのある体験、そして、誰でも興味を持つ内容、
理解できることは広く伝えられ、伝搬していく。

こうした伝搬度が高いものは、シンプルなものが多い。

複雑なものは伝えにくいからだ。

伝染するウィルスは、うつりやすいものだ。

ジェスチャーでテーマをリレーしていくゲームがあるけれど、
わかりやすい問題は、伝えやすく、正確に最後までリレーできるけれど、

複雑なテーマは、どんどん違うものになっていき、最後はとんちんかんな答えとなって伝わっていく。

実際の伝わり方も、その人の感情や思いが入っていくと、

伝わる毎に違うものとなっていって、最後は伝搬の波は収束していく。

メディアに載る効果は、そう言う意味では、ダイレクトに相手に伝わる力があるけれど

そのメディアを見る、体験する機会にある人しか伝わらない。

それでも、露出量の多さから、インパクト(印象)が強く、わかりやすいものは、
そこからさらに、伝わっていくものとなり、人気となっていく。

もちろん、そこにニーズとウォンツがあることが大切だけれど・・・


でも、果たして、そうした人気はそもそも何のために必要なのだろうか?

商品ならば売り上げのため?

人の数だけ価値観があって、共有できる価値観は、常識となったりするけれど、

みんなが共有できるものは、その人固有の深い喜びには、結びつきにくいことが多い。

人気にフォーカスする。売れること、話題になることにフォーカスするのは、
その人や会社のニーズとウォンツと言うことになるけれど、

本質的には、その人が、その人の状況で伝えたいことを伝える。

それでいいのだと思う。

結果的に、喜ばれ、求められることは、とても自然なこと。

そして、必要性がなくなれば、消えゆくこともよし。。。

結果はどちらでもいいし、そこに執着しないこと。

いま、自分が表現したいことを、表現したいように表現する。

それが、生の本質だと感じる。

何かの見返りがためにするのではなく、ただ、表現したいというシンプルな自己の欲求を満たす。

そのように生きることが大切だと思うのです。。。

7月 7, 2010 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)