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2010年8月 1日 (日)

挑戦することについて

挑戦するというのは、人によって、その挑戦度合いというものが様々だけど

エベレスト登山に挑戦するとか、
ヨットで世界一周とか、
いわゆる冒険的に挑戦するものもあれば、

初めてのサーフィンに挑戦するというのもあるだろうし、

司法試験に挑戦するというのもある。

その人にとって、これまで考えても見なかったことや
ちょっと自分のレベルにはかなわないかもという

やすやすと超えられないところに取り組むことが挑戦と言うこと。。。

人類の挑戦は、留まるところを知らず、

命がけで何かを達成しようという、挑戦者たちも多い。

例えば、命がけで、何かに挑戦する人の動機や価値観、モチベーションはなんだろう。

その行動の背景には何があるんだろう。。。

なぜ、それをやるのか。。。


世界最高峰のエベレストに挑んで、エベレストで命を落とした登山家ジョージ・マロリーは、

「なぜ山に登るのか」と記者に問われ、

「Because,it is there」(そこに山があるから)と答えたのは有名な言葉。。。

このマロリーさんの有名な言葉は、取材陣の質問攻めに答えるのが面倒くさくなって、
その場しのぎに答えたものだったそうですが、

やはり、行動の背景には、彼の価値観を形成した、

親子関係や家族の文化とカルマ、育った地域社会の文化やカルマ、
時代の中での彼の環境があったのだと思います。

彼がこの世に生まれてくるときに、そのような人生のシナリオを描いて来たのもあるでしょう。


こうした冒険者たちは、みんな命が惜しくないのか、
命に関わることは怖くないのかと考える人もいるでしょう。

これも人それぞれで、絶対に死にたくない、死への怖れは常にある。
でも、どうしても挑戦したい・・・その挑戦への思いが、死の恐怖を克服させている・・・
そんな場合もあるし、

死について、怖れは何もない。
それよりも、挑戦することで、いまこの瞬間瞬間の興奮や熱い情熱、エネルギーを感じ、
死と隣り合わせにあるからこそ、その生を思う存分感じるというような感覚もあるでしょう。


登山に関しては、いまは、ウェアを始め、装備がハイテク化して、相当進歩しているので、
その点で、昔に比べるとはるかに登りやすくはなっていると思いますが、

それは、ヨットで世界一周などもそうです。

GPSなどのハイテク機器もあれば、船の性能も違うでしょう。

でも、自然はそんな甘くありません。

人間も装備が良くなれば、また、その先に挑戦したくなります。

ただ、その限界が先に伸びただけで、その限界に挑まない人類ではないのです。


僕の場合は、これは、多くの人がそうなのかもしれませんが、

限界への挑戦は、正直苦手です。

サーフィンでも、オーバーヘッドの波になると、もうめんどくさくなります。
もちろん、波質によるでしょうが・・・

オーバーヘッドでも、フェイスがガッチリきまっていれば、難易度は全然違います。

ただ、何か無理をして挑戦することが好きじゃないんですね。。。

やっぱりなまけものなのでしょうか。。。

自分の心地いいところをいつも探しているようです。

それも挑戦とも言えますが。。。


そんな僕の行動や選択でも、ある人から見ると、スゴイ!って言われたりします。

適当に生きているわけではないけれど、

力を入れるのもどうよって感じで・・・


さら〜っとやりたいんですね。。。

昔は、相当、価値証明な人間だったので。。。そうやって、価値を証明することは、
自分の今回の人生のテーマではないと悟りました。。。

いかに、そうしたやらなければっていう、MUSTなエネルギーを手放すか、
そうやって、手放して、手放して、何もしなくてもいいんだよ〜って

それでも、幸せはあるよ〜って

それでもいいんだよ〜って、

自分を許してあげたい。。。

でも、もし、何かしたくなったら、その時は、やったらいいよ〜って

でも、途中でやめてもいいよ〜って・・・

やるって言ったのにやらない。。。それでもいいじゃないですか。。。

気分で決めたっていい・・・

全部、全部、許せる・・・OKだよ・・・そんな人生になったらいいなって。。。

いつも思うんですよね〜・・・

8月 1, 2010 心と体 |

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コメント

そうだね。

投稿: 茶利芋 | 2010/08/01 12:55:04

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