« 世界は変わった・・・ | トップページ | モノって何だったのだろう。。。 »

2011年3月22日 (火)

春を生きる

春は来ないかと思った・・・

絶望的な未来も思い描いた・・・

ポジティブフィールドを拡げるといいながら、

どうしてもネガティブフィールドへと意識がいってしまい、

時折、意識的にをポジティブフィールドへと意識を傾ける必要があった。

原発がもっとも危機的になった15日、16日、17日。

覚悟を決めた。

春の来ない世界でも、生き抜こうと。

テレビの向こう側で起こっている悲惨な世界を見ながら、

震災の被害もない僕が、覚悟を決めた。

なんて甘い覚悟だろうとも思った。

すごい胸騒ぎだった。

睡眠不足もあったのかもしれないけれど、

意識がぼ〜っとして、ハートのチャクラ以上が閉じていた気がする。

ある段階から、まったくそんな気がしなくなった。

その時に気づいた。奇跡がいま起こっている。

奇跡は、いつも起こっている。

世界は、奇跡の連続なのだろう。

奇跡は、その人にとって、その出来事への関わり、重要度によって、意味合いが違う。

どんな奇跡が起こっても、その人にとって、関心の薄いことなら奇跡の重要性は少ない。

たとえ、それがどんな奇跡であろうとも。

世界は、見る人にとっての見える世界でしかない。

テレビの向こうの被災者にできる支援を考え、できることを行動しながら、

安全な場所で覚悟を決めた僕は、いま、奇跡の意味を考えている。

罪悪感を持つ必要は無い。すべては運命づけられている。

必然、必要で、すべてが起こっているのだ。

被災地から届く笑顔、生きようとする力強いエネルギー、たくましさ、絆、つながり・・・

悲しんでなんかいられない。生きる。生き抜く。力の限り。

そんな積極的な意識が、意識を変え、世界を変える。

意識を向けることの大切さ。

それは、祈りだ。

そして、それとつながること。

愛を傾けること。

意識が変われば、自分の世界は変わる。

意識がこれまで以上に、自分の世界に深く影響する世界へと、

僕たちのステージは移りつつあるのだと思う。

春は来るのではなく、春を生きると言うこと・・・

3月 22, 2011 心と体 |

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/140307/51187572

この記事へのトラックバック一覧です: 春を生きる:

コメント

コメントを書く