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2011年5月12日 (木)

本当に必要なものは何?

僕の20代前半はいわゆるバブルだった。

70年の大阪万博で戦後が終わり、本格的な高度経済成長へと向かう。

子供の頃から経済成長の極みを体験した世代。そこにはいつも未来があった。

そして、思春期の80年代、もはや戦後はなく。

社会人となった90年代、一番多感なときに、バブルを経験した。

でも、バブル期、本当の意味で、経済的、物質的な豊かさを享受した人はほんのわずかで、

多くの人々は、確かに、その上澄みを味わい、栄華の雰囲気に酔いしれた。

そして、バブルが崩壊。

2000年になって、まさに2001年9.11で世界は変わった。

2008年サブプライムによる経済クラッシュ、続くリーマンショックで、

100年に一度の未曾有の大不況と言われた。

よく考えてみると、確かに大局的な経済は、大きなダメージを受けた。

でも、何が未曾有だったのか。。。

本当に生活が苦しい局面を迎えた人はどのくらいいたのだろう。

生活の苦しさとは、どの程度のことを言うのだろう。

生きることの苦しさは、人それぞれに価値観が異なるので見方も変わる。

贅を尽くした生活に酔いしれる人で、その豊かさにしがみつく人は、

ほんの少しの損失でも、パニックになるかもしれない。

もともと物質的な価値に囚われていない人は、大きな影響を受けないかも知れない。

結局、僕たちは、いまだバブルの中にいるだろう。幻想と言ってもいいかもしれない。

もともと今日のような経済的な発展は、少し方向が間違っていたと思う。

江戸時代は豊かだったそうだ。鎖国の中で、完全な循環型社会ができていた。

僕たちの心の中に生まれる満たされない欲求を補うために、

自分の外に何かを創り出し、それによって、足りないものを補おうとする。

それは、ちょっとしたニーズ(必要性)から、さらなる欲求に変わり、そして、欲望へと変わる。

欲望は、怖れを原因とする。無ければ困る、無ければ損害を被ることからの怖れだ。

欲望という幻想に取り憑かれ、あることが当たり前になると、ある事への感謝を忘れる。

これまでなんでもなかった豊かさは、いま、こうして、あったのだと思い出す。

ありがたいことを思い出すのだ。

もし、あることへの感謝の気持ちがいつもあるなら、あるだけで幸せだ。

では、いまの生活から何を減らしても、あると感じ、思えるのか?

最後は、生活に必要なものをバックパックにつめて、身軽な人生へと旅立てるのか?

究極的には、肉体をも脱ぎ捨てるのだ。

いま、自分の豊かさの基準を見つめ直す時だろう。

そして、あるということへの感謝をもう一度、自分へ問い直す。

無くてもよかったものって、たくさんある。

あると便利、でもなくてもいいもの。

本当に必要なものは何?

不必要なものは手放そう、不必要な思いを手放し、さなぎを抜け出して、自由へと飛び立とう。

全ては心の中で起こる感情のニーズ。

あなたは、これからどんな選択をするのだろう・・・

5月 12, 2011 心と体 |

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