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2011年6月 3日 (金)

自由は心の中にある

僕は、何が満たされてないんだろうって、時々考える。

ロビンは自由だねって、よく言われるけど、
自由かぁ~って、そんな時、また考える。

僕の日々の暮らしを眺めてみると、
ある意味で、年金生活のカミさんのお父さんと変わらないようにも見える。

なぜ、カミさんのお父さんかっていうと、
僕の両親も、カミさんのお母さんもすでに亡くなっているから・・・

その昔、もう10年近く昔になるけど、僕の会社の経営スタイルは、
僕自身が突撃隊長になって、鬼軍曹が率いる精鋭部隊をイメージして、
会社をやっていた時期があった。

僕自身が、最前線に立って、成果を上げることに快感があったし、
そこでの評価が、僕の喜びであり、全てだったような気がする。

スタッフも10人くらいいて、彼らは僕の足りない手足のような存在だったに違いない。

今から思えば、彼らには、本当に苦労させてしまった。

でも、不思議なもので、当時の彼らは(その大半は会社にいない)
いまでも付き合いがあるし、僕は反省しているけれど、
意外にも、あの頃があったから今の自分があります・・・なんて、言ってくれたりすると
何だか、居心地が悪い・・・笑

結局、その時は、その時で、お互いに必要があったから引き合って、出会うわけで、
必要なプロセスをお互いにやって、磨き合うわけだ・・・

その頃から考えると、今の僕の生き方は180度真逆だ。

生き方が違うから、当然、仕事のスタイル、働き方も違う。

僕は、自分が得意なことしかしないって決めてる。

100%それしかしない。

結果的にそうなってしまった。。。素人が手を出すとろくな事にならない。
そんな失敗を山ほどやった・・・
ある意味で、すごくわがままで、僕ができないこと、やらないことが多いので
カミさんも、スタッフも、きっと、陰で苦労してるんだと思う。

それには、いつも感謝してる。

でも、このやり方が一番いい。。。

それぞれのスタッフにも、無理はさせないし、彼らも無理はしない。
僕の仕事は、方向性を示すこと。
そして、大丈夫?って聞くこと。

大丈夫じゃないときは、どうやったら大丈夫になるか質問して、
僕も一緒に考える。アイデアを出すのは得意だ。

そうすると、その方向で解決できそうだという段になると、
スタッフやチームは自ら動き出す。

彼らは本当によくやってくれる。

僕は、比較的、自由な時間を持っている。
それがとても大切だと思っている。
自由だけれど、やることがいっぱいだ。。。やりたいことか。。。

僕は集中力の弱い人間だとも自覚してる。
だから、何かやっていても、すぐに電池が切れる。

僕には、大きな事業は向かないから、大事業はやらない。
比較的、自由に、のんびりと暮らしながら、社会の臭いをかいでいる。

世界をぼんやりと眺めているから見えてくる予兆がある。

そうした感性は、今の時代、とても大事だと思う。

僕は自由に、好きなようにやってるのは確かだ。
でも、ただ、ぼ~っとしてるわけじゃない。
このように、流れに身を任せて生きる中で、たくさんのシンクロをキャッチする。

シンクロは誰にでもいっぱい起こっているんだけど、
それに気がついていない人が多い。

言ってみれば、高速道路で左に入らなければいけないジャンクションの分岐を見過ごして、
真っ直ぐに行ってしまうようなものだ。
サインは、かなり前から出ていたし、ナビのガイドもあったかもしれない。

シンクロは、宇宙のナビゲーションだから
僕はいつも素直にこれに従うのだ。

時々、あれっ、これっていいの?
って言うような、ちょっと心配になることもあるけど、
もうしばらく行ってみると、あ~なるほどぉ~そう来るかぁ~ってな具合で、
また、新しい人生の局面を見せてくれたりする。

そうした、人生の大切な分岐点を見つめるには、僕は、今のこの生き方が一番あってる。

だから、宇宙は、僕にベストな生き方を当然応援してくれる。

人にはタイプがあって、僕のような生き方をすると、とんでもない人生になってしまう人がいる。
当然だ。。。

人には、その人それぞれのベストな生き方がある。

それぞれのスタイルを見つけられたら、そこに幸せがある。

経済的な繁栄が、その人の生き方かも知れないし、
どこかの企業で、仕事をする方が、才能も発揮でき、人生が豊かになる人もいる。



亡くなった親父は、市役所の公務員だった。

僕が、暴走機関車のような仕事のやり方をしてた頃、
親父は「公務員になってよかった。公務員が一番ええ仕事じゃ」とよく言ってた。

これを聞く僕は、いつも否定的だった。

暴走機関車が、その先のレールを失い、強制的にストップさせられる出来事があって、
生き方も、仕事のやり方も変えようと、模索を始めた頃、親父は亡くなった。
交通事故だった。

いまは、親父の言ってたことがわかる。

親父にとっては、公務員が一番よかった・・・そう思う。

親父が亡くなった時、市役所に親父の荷物を取りに行った。
市役所の親父のデスクに行くと、役所の仲間たちが、

「ああ~、和田さんの自慢の息子さんじゃなぁ」
「お父さんは、いつも息子さんの自慢をされようたよ、ええお父さんじゃったなあ」

そう言われて、驚くと共に、涙が出た。

高校時代から、親父には、ずっと反抗してきて、
ずっとまともに口をきかなかった。

親父とまともに話すようになったのは、親父が亡くなる3年くらい前からだ。
お袋が亡くなって、仕方なくコミュニケーションしていたのだけれど、
僕の生き方が変わるに従い、親父への見方も変わったのだ。

自由って、別に、僕のように生きることが自由じゃない。

僕みたいに、気ままに生きて、そこに不安や焦りを感じる人に、自由はないだろう。

決められたことをする。約束通りやる。
何かを任されることに、安心感や達成感、喜びがある人は、
その中で初めて自由を得る。

週末や日常のランチタイムにこそ、自由の喜びがあったりする。
それでも充分かもしれない。

そうでない人には、さらなる自由を探求すればいい。

僕は、何も心配しない。。。基本的には。
それは、確実に約束された場所に、僕の人生は進んでいると信じているから。

人生は、巨大な豪華客船のようなものだ。

あまりにもでかすぎて、船に乗っていることに気がつかない。

船底の船室から上層デッキに暮らそうと夢見て人生を昇る人もあれば、
デッキのプールサイドで、のんびり生きる人もいる。
船内のエンターテイメントで、ショーを演じる喜びもあれば、
素晴らしいディナーで人々を楽しませる人もいる。
船を安全に航行させることに責任と喜びを感じる人もいる。

人それぞれの人生があるのだ。

どんな人生があろうとも、この巨大な船は、目的地に向かってる。

何をしようがしまいが、必ずそこへ行くようになってる。

時が来たら到着し、また、次の航海に出るのだ。

僕は、船の中で、自分の生き方をおおよそ見つけている。
だから、それを楽しむのだ。

そうして生きることが、船の中の僕の役割。
豪華客船も、クルーだけでは、船は動かない。
楽しんでくれる乗客がいてこそ、提供するサービスがあり、楽しい船旅があるのだ。

みんな、それぞれに役割がある。

それぞれに生きる、生き方がある。

自分らしい人生を生きることにしか、幸せはない・・・

6月 3, 2011 心と体 |

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コメント

>僕は、自分が得意なことしかしないって決めてる。

47歳を前にして、やっとここが理解できるようになりました^^↑

ボクが断ると
確実にその場の空気を冷やしちゃうな
逃げるに逃げられないときは

これは、たぶん得意なことなんだろう
まだ気づいてないだけで^^↑

こう庭先(思考)切り替えて^^↑やるだけやってみます

でも逃げられる場合は逃げ切ります^^↑

投稿: 左眼さん | 2011/06/08 11:41:28

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