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2011年9月25日 (日)

すごいリアルな夢を見た。。。

今朝方、すごいリアルな夢を見た。。。

カミさんに話したら、またかい!といわれた夢。。。それは・・・

またまた、UFOなのです。

僕は、なんでこんなにUFOの夢を見るのか。。。
気がつけば、高校生くらいからよく見てるのです。

結婚してから、UFOの夢を見る度にカミさんに話してきたので、
しかも、いつもチョーリアルで、いろんな夢があるのですが。。。

今回は、UFOだけではなく、世界の終わり編とのジョイント。。。笑

ちなみに、世界の終わりの夢もよく見ます。。。

いずれも、僕の深層心理やトラウマも関係しているとは思いますが、
それだけでは片付けられないビジョンやメッセージもあるように思えて・・・
あまり、深くそこんところは見ないようにしてますが、

まあ、この先、ちょっと荒れるなって感じで、万一のための防災の準備をする程度にみてますが、
いつ何が起こっても大丈夫なようにだけはしておきたい。

それは何よりも心の準備、内面の準備でしょうか・・・

心がいつも平和であれば、自分にどんなできごとが起こっても平和なのです。

そのための準備と言えます。

さて、本題のUFOの夢ですが、時間と共に薄れつつありますが、
とてもリアルな夢でした。

全部話すと大変なので、というのが、とてもストーリーが整っていて、
夢にありがちな話が飛んだり、変化する感じじゃなかったのです。


シーンは、家族である街の高層ビルらしきところにいます。

そこで災害が起こります。大きな津波が来て、とにかく上に向かいます。
エレベーターが止まっているので、多くの人たちと階段を上がりますが、
なぜか、階段が途中で終わっていて、天井しかない。

そこに、水が渦を巻いてどんどん上がってきます。

すると、天井に人一人通れる天井裏に行くための蓋になっているところを見つけ、
なんとかそこを開けて、中に入ります。

すると暗いのですが、ビルの内部構造になっていて、
そこをみんなで進んでいきます。

登るような感じじゃないんですね。。。コードとかよけながら。。。

そして、いつの間にか、大きなリビングのような、何も無いオフィスのような
広いスペースに出ます。

大きな窓があって、すでに一番高いであろうところに来ていました。

いやな予感がして、空を見ると、黒っぽい球体のような、円柱形のような物体が飛んでいて、
来たなって思ったんです。

そして、柱の陰に隠れながら、状況を見守りました。
すると別のUFOもいて、それは白い半透明の楕円形のようなものなのですが、
それも、いくつもいます。

思い切って窓にたって、写真を撮って、するとその室内に怪しげな装置があって
それが彼らのロボットだったようで、写真を撮ったら電磁パルスで、カメラが丸焦げになってしまいました。

そこから延々とあるので省略しますが、

隣に続く部屋が、昭和な感じの空間で、昔の家のような作りなんです。

そこにおばあさんが住んでいて、ここでずっと隠れて暮らしていると言うんです。
この時のためにと。。。

西田敏行さんが出てきて、そこから屋上に出て、外の様子を見てくると言うので、
ドアを持ったりして、手伝うんですが、彼は足を滑らせ、危うく転落するところでした。

UFOは、僕たちを探してるような感じではなく、
ちゃくちゃくと進行する出来事を見守っている感じなのですが。。。

やっぱり、リアルなものをみると、ちょっと緊張します。

木枠の磨りガラスの窓を少し開けて、外の様子をうかがっているところで目覚めるのですが。。。


まあ、そんな夢です。

夢のディテールはどうでもいいのですが、

ポイントは、終末の大災害とUFOということです。

僕は、ハルマゲドン的な考え方は好きじゃないし、そういうのを煽ったり、
来るぞ〜、来るぞ〜というような話は、どうでもいいと思ってます。

地震だって、台風だって、災害は、来るときには来ます。

それに対して、生きる、生き延びるというよりも、
その出来事は、なぜ起こっているのかの方が大事だと思います。

なぜなら、人は、そのような出来事の中で、いろいろと本気で考えるようになるからです。
実際に、自分に降りかかる出来事によって、初めて自分や家族、仲間、地域のことを考えたりします。

本当は、そんな出来事なんてなくったって、
いつも、自らを見つめて、心の中に愛と平和な世界を実現していけばいい・・・

みんながそうであれば、世界は愛と平和に満ちるはずです。

でも、そうは行かなくて、このような出来事、自分に降りかかる出来事によって、
初めて深く考えるようになります。

と言うことは、みんなが、自らを省みて、自己探求するようになれば、災害は必要ない。

結局、悲劇的な出来事は、僕たちの心が創造し、自らの体験として、
現象化させてるとしか思えません。

すべては、マインドが先です。

自らの心を見つめ、愛と平和、喜びを生きれば、それを目指すことで、
いつも、愛、平和、喜びはそこにあります。

僕は、そんな世界を、自分の人生を生きたいと願い、祈ります。

だから、自己の内面的なドラマとして、夢としてそのようなリアルな状況を体験しているのかもしれない。

脳は、現実と想像の区別がつかないと言います。
同じように反応するのです。

そのフィードバックが、心を創造して行くのかもしれません。。。

これからも、まだまだUFOの夢を見るのでしょうか・・・笑

9月 25, 2011 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年9月15日 (木)

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2011年10月6日(木) 10:00~17:00
会場 : 岡山国際交流センター 多目的ホール
〒700-0026 岡山市奉還町2丁目2番1号
【 アクセス】http://www.opief.or.jp/oicenter/access.html
参加費 : 34,000円 (前納の方 : 28,000円)
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9月 15, 2011 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月11日 (日)

今日友達に聞いたUFOの体験・・・ちょっと驚いた。。。笑

今日、我が家に友達の奥さんと娘ちゃんが来て、
カミさんと僕とで談笑していた・・・

何気に、そういえば、この前、手から水晶や金が出た人がいてねって話して、

普通、一般的な反応では、うわ〜!すごい!とか、マジマジ!?
みたいな感じなのだけど。。。

彼女は、へ〜・・・そんな大して驚くことはなかったけれど、
いつものようにニコニコしながら。。。

「そういえばね、1年くらい前、UFO見てね。。。
夜中の2時くらいに寝ようと思って、その前にちょっとベランダに出たの・・・

そしたら、何か浮かんでて、ヒュー、ヒューって動くのね。

何だろうって思って、あっUFOだって・・・」

彼女は、スピリチュアルとか特別興味は無く、自然体で生きてる人なんだけど、
あ〜何か、怪しげな発光体を見たんだなと思って、続きを聞いた。。。

「それでね、パパ(夫)とか、おかあさん起こして、窓から見ながら、
ねえ、あれUFOだよね。。。って、そしたら、パパも、おかあさんも、あ〜UFOだね〜って・・・」

で、どんな感じだったのって聞いたら、

「あのね。こんなおっきいの」って、両手を40センチくらいに拡げた。。。デカイ!

ということは、どのくらいの距離にいたの?

「え〜。。。市ヶ谷の防衛庁の上くらいかなあ。。。」

彼女が住んでたところは、新宿の某所なのだけれど、市ヶ谷はそう遠くないので、
わずか数キロという感じだ。。。

「なんかね、四角くって、グレーみたいなので、窓がたくさんあって、それが3列にある感じ・・・
豪華客船があるじゃない、あの窓みたいに・・・」

それで僕が描いてみたのがこの絵・・・こんな感じだったそうだ。。。

Ufo


防衛庁の真上にいるってのは、自衛隊大丈夫なのかって感じだけど。。。笑

話は、ここで終わらない。。。なんと!

彼女は、こう話した、、、

「でね、私、それに乗ったの・・・」って、おいおい!マジ!!!

実は、僕は過去に、UFOに乗ったことがある人から直接話を聞いたことがあって、
その人は、彼らの星にも行ってるんだけど。。。

これを読んでる人。。。ついてきてくださいね。。。無理な人は、ここまで。。。笑

で、中はどんな感じだったの?と聞くと。。。

「記憶があるのはUFOの中にいて、えっと。。。白い感じだけど、すごく広くて、中にたくさん人がいたの。。。
どれくらいだろう、100人くらいかなあ、もっとかも。。。
丸いようなテーブルがたくさんあって、そこには普通にスナックみたいなものが置かれてて
みんなそれぞれに座って、楽しい感じで。。。」

彼女は、ぜんぜん恐怖感はなく、楽しい気分だったそうだ。。。

窓は大きくて、外を見ると、東京の夜景が見えたけど、ビルが横に見えたから、
そんな高いところにいない感じだったと。

乗っていたのは、アジア系の人と中近東系の人のような感じで、西欧人風の人はいなかったらしい。

鼻の下のひげがあるスーツを来た紳士に「一緒に行きませんか?」と言われて、

彼女はいろいろとやることがあるから断ったら、その紳士は「残念ですね〜、では、またの機会に」と・・・

それで、朝目が覚めると布団にいたそうで。。。

いつも朝が苦手な彼女なのに、その日は、とてもスッキリして目覚めたそうだ。

そのUFOには、友人である彼女の旦那も乗ってたそうなんだけど、
彼はUFOを見た以外は、搭乗した記憶が無く、彼女の話だと、UFOに乗ってる人といろいろ話してたそうだ。

姿格好がまったく普通の人たちばかりで、だれが宇宙人なのかはわからなかったらしく、
彼女たちが話した人は、日本語を話していたそうだ。

ヒュー、ヒューと動いていたのに、内部は、とても穏やかだったらしい。。。

この話、改めて、もう少し詳しく話を聞いてみたいと思う・・・

9月 11, 2011 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 9日 (金)

ルルドの泉とベルナデッタの奇跡

数年前に、友達とルルドの泉を訪ねた。。。

ひっそりとした泉だと勝手な想像を巡らしていた僕たちは、
ひどく観光地化されていた軽井沢のような光景にショックを受けた。

ひとまず、ビジターセンターで、日本語でのルルドの解説ビデオがあるというので
シアターで見たら驚いた。。。冒頭。。。

「あなたはルルドにどんな目的で来られましたか?
あなたは、この商業化されたルルドに驚かれたかもしれません。

でも、ここは紛れもなくルルドなのです。

ルルドには、病気や悩み、人生の多くの問題を抱えた人たちが、
希望を持ってやってくる聖地です。。。云々」

外に出て、教会の周囲を見た僕たちは、まったく違うルルドの本質的な側面を見ることになった。

それは、人々の神への真摯な祈り。神への帰依。

細い細い糸かも知れないけれど、その糸を頼りにここに来た人々。

宗教的背景はどうあれ、人々の最後の望み、
希望を祈りというカタチに変えて、天高く響かせる姿に、
自分の中のうがった見方、疑いや不信という傷を見せられた気がした。。。

ルルドを離れ、パリに移動した僕は、友人と別れ、どうしても行ってみたい場所ができた。

それは、ルルドが聖地になった理由。。。その人に会ってみたかったのだ。

予定を変更して、僕は電車に飛び乗り、一路パリから南へ向かった。。。

そもそも、ルルドは、当時14歳のベルナデッタという少女が、
友達と妹とマサビエルの洞窟のそばを流れる川で、薪にする流木を集めていた。

そこで、洞窟のところでマリア様が現れ、2月11日から7月16日まで合計18回も
彼女の前に姿を現すことになった。

一緒にいた二人は、ベルナデッタがひざまずいている姿しか見ていないという。

詳しくは、ネットで調べてみて欲しいのだけど。。。

そのベルナデッタは、その後、多くの人々の注目を受けたため、
1866年、ヌヴェール愛徳修道会の修道院に入り、尼僧として静かな一生を送ったが、
1879年4月16日、肺結核により35歳の若さで他界した。

死後30年経った1909年9月22日、
司教立ち会いのもと、ベルナデットが埋葬された墓が掘り返されることになった。
なんと彼女の遺体は全く腐敗していなかった。。。という・・・

そして、いまでも、彼女は教会に安置されていると聞き、
会いに行こうと思ったわけだ。。。

パリから4時間くらいかけて、そのまま日帰りするには、次の電車まで、1時間しか無かったけれど、
その教会で遂にベルナデッタと対面。。。
これがその写真。。。

Photo

後でわかったことだけど、その後腐敗が進行して、顔は当時に似せたロウで作られていると言うことだった。。。
ここで見たときは、蝋人形のように見えた顔に違和感を感じたのだけど。。。

バチカンは定期的に身体を調査しているらしいけれど、
一部の腐敗がみられるものの、以前腐敗は進んでいないという・・・

バチカンが認める、カトリック最大の3つの奇跡のひとつ。。。

果たして、真実はいかに。。。

真実はどうあれ、僕は、このベルナデッタの姿に、神聖なエネルギーを感じるのだけれど。。。

9月 9, 2011 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年9月 8日 (木)

宇宙人と絶望と希望・・・それでも絶対大丈夫!

僕は、よくUFOや宇宙人夢を見る。

これまでも、いろんなシチュエーションの夢を見た。
なんでこんな夢を見るのかと思うんだけど、高校生くらいからずっと見てる。

ユング的には、何かの象徴なんだろうけど、
例えば、未知のものへの畏敬や畏怖のようなものがあるかもしれないし、
未知のものへの潜在的な怖れが眠っているのかもしれない。

UFOは実際に、何度か見たことがあって、何よりも最大の体験は、
なんと、大阪の梅田上空で、街のど真ん中で、30機くらいの編隊飛行を頭上にみたこと。。。

以前にも書いたので、ここでは詳しくは書かないけど。。。

数日前にも、UFOと宇宙人の夢を見て、よく覚えていないんだけど、

上空の雲の切れ間から、巨大な円盤形のUFOが出現して、
色は黒っぽく、不思議な文様のようなものが描かれているような、
模様というか、機体を構成する要素のようなものか。。。

次に覚えているシーンは、小人型の宇宙人いわゆるグレイタイプの宇宙人が
たくさん家の周りを走っていて、家に入ってこようとしている。

家族に声をかけて鍵をするけど、なぜか簡単にドアは開き
入ってきたのは、普通の西欧系の外国人たち・・・

でも、それは、恐怖を感じさせないようにするために、
暗示をかけられて、そのように幻覚的にみえているだけだということがわかり、その場から離れる。

外に出ると一人、ガイジンさんがいて、話すと、その人はどうやら、本当の人間だとわかり。。。

それくらいしか覚えていない。。。

なぜか、夢の中ではそんなに恐怖感はなかったんだけど、、、
不思議な夢だった。。。

ただ、嫌な気分で目が覚めて、夜中の2時半くらい。。。

その後、その嫌な気分の原因が、その夢とどう関係があるのか、
底知れぬ無、虚空への恐怖感だということがわかった。。。

真夜中に目が覚めて、死んでしまうと、まったくの無になって、何もかも消え去ってしまうことへの怖れ、
完全なる無になって、もう何もないということへの絶望感に、
何とも言えない気持ちになって、寝られなくなった、、、、

結局、眠くなって、また寝たんだけれど、

朝になり、太陽が昇ると、あの無になる感覚や虚空への怖れは何も無く、
そうではなく、魂は永遠に続くのだという深い確信を感じていた。。。

そんなことがあって、改めて、死について、命について、
魂について考えたのだけれど、

死後も意識=魂は永遠に転生するという確信しかなく、
あの無の感覚は、なんだったのかなと思ったときに、

絶望と希望ということがわかった。

僕たちは、希望があるときに、生を感じ、安心と幸福に包まれる。

絶望とは、望みが絶たれることで、望みがないということ。

つまり、未来がない、その先がないと言うこと。

でも、よくよく考えると、絶望というものは、実際にはなくて、
自分が望みを絶った瞬間に絶望になるわけで、
自分が、希望を持ち続けることができれば、絶望ではないことに気づく。。。

希望は、かけらでもよくて、その細い糸のような希望でも、
辿っていけば、大いなる希望に変わるかも知れない。。。

死んでも大丈夫!
絶対に大丈夫!
何が起こっても大丈夫!
いつもどんな時も大丈夫!
とにかく大丈夫!

この大丈夫という言葉は、ものすごく力強い。。。
安心感の源のような気がする。

この根拠のないけど大丈夫!という感覚がとても好きだ。。。

自分に不安が訪れたときは、心の中で、口に出して、言い続ける。

大丈夫!大丈夫!大丈夫!
絶対に大丈夫!

大丈夫!に理由はいらない。。。

そして、絶対大丈夫という確信が、その大丈夫な結果を引き寄せる。

絶望なんてない。

希望しかない。。。

絶望は、自分がつくるもの・・・宇宙は、この瞬間、瞬間の創造しかない。

その創造が、未来へと続く。。。いまを100%生きれば、それが未来になる。

いまの瞬間を最大限に生きれば、悔いなく生きれば、未来への未練も無い。。。
絶望も希望もどうでもよくなる。。。

結局、常に、いましかないということだ。。。

宇宙人の話から、とりとめもなく、絶望と希望。。。というお話。。。

それで、大丈夫!

9月 8, 2011 心と体 | | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年9月 2日 (金)

神様は裁かない

このまま進めば、岡山は台風が直撃しそう・・・
段々と雨風も強まりつつあるので、家とオフィスの外にあるものを片付けていたら
ふと、インスピレーションがやってきた。

神様は裁かない。裁くのは人間だけ

宇宙にはエゴがなく、法則があるだけ

オフィスに戻って、何となくこの言葉がずっと響くので、
頭に浮かんだイメージをイラストの図解にしてみた・・・

Photo_2
→クリックすると大きくなります。

図のような感じで、傾斜した板に穴が空いている。
図で言うと、左に進むに従って、穴のサイズが大きくなっている。
ここをボールが転がってくると、穴より小さなボールは落ちてしまう。
穴より大きなボールは、小さな穴を越えるけれど、
次の穴がボールより大きければ落ちてしまう。

そうして、実際には、この穴はもっと細かく段階があり、
もっと言えば、段階はなく、グラデーションの様になっているんだけど、
それを言うとわかりにくくなるので、今は、超シンプルに表現する。

このボールは魂で、人生経験によって、ボール=魂は大きくなっていく。
穴に落ちるというのは、今生の人生を終えて、あの世に還るわけだけど、
そうしてまた、この世に生まれてくる。

イラストの下の管があの世で、このクルクルと循環するところが
いわゆる輪廻転生。

こうして何度も転生することで魂は成長して、意識が拡張されいく。。。

この世に生まれ出るときに、これまでの記憶は一時的に消されるので、
生まれ落ちる場所、選んだ人生によって、本来の自分の感情レベルや本質に気づきにくい場合もあるけど
往々にして、成長した魂は、人生のどこかの時点で必ず自分の本質を思い出す。

そうして成長した魂は、僕たちが存在する世界以上に意識が拡張すると、
それ以上大きな穴がなくなるので、もう落ちることはない。

故に、そのまま次のステージへと向かうことになる。

これは、テレビゲームでひとつのステージをクリアしたら、次のステージに向かうのと同じ。

神様は裁かない

つまり、神様は、お前はあれをした、これをした。だから、もう一度やり直せとか、
お前は地獄行きだなんて言わない。そもそも地獄なんてないのだ。

端から見ると地獄に見える世界も、とうの本人には、快適な極楽かも知れない。
自分がいたいところにいくだけだ。

この仕組みの図は、まさにそういうことを表していて、
一見、神様に裁かれているように思うことも、実は、そこには宇宙のしくみ、法則しかなく。

自らの成長に従って、自らの状態を決めているということだ。

成長するもしないも、すべては自分次第なのだ。

究極の神様=宇宙は、その先の成長を期待しているわけではない。
そこへの欲求なんてない。欲求はエゴで、満たされていないから欲するわけで、
満たされた存在の神様は、満たされる必要がないから欲求はないし、期待もしない。

それでいて満足だから。

そもそも僕たちも神の一部であるので、究極の神様と人間を分離している
モデルや表現自体が究極的には異なるのだけど・・・

人間は、その先の世界を見たい存在であって、成長への欲求がある。
まだまだ、そういう意識レベルなのだ。

だから、成長したいという欲求が内にあって、輪廻の仕組みと同時にある。

僕たちは、いつしか意識を拡張して、魂の成長を果たして、
この輪廻のステージから次なる未知のステージへと向かうのだ・・・
さて、それはどんな世界なのだろう。。。


9月 2, 2011 心と体 | | コメント (2) | トラックバック (0)