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2011年11月 1日 (火)

いらない知識はいらない。

知識は本質の深みでは役に立たない。

知識は理解に役立つけど、下手に使うと、野菜をみじん切りにするのと同じ事になりかねない。

ニンジンって何だろう?

半分に切ってみよう。

ん〜なるほど・・・もう半分にしてみよう。。。

ふ〜む、なるほど・・・

もう半分にしたら?と、どんどん分析していく。

気がついたらみじん切り。。。

その小さくなった断片を集めれば、確かにニンジンなんだけど、
元通りのニンジンンの姿には、二度と戻らない。

ニンジンを半分にすると、どんな内側になっているか、
どんな状態になるか、どんな香りがするかなど知識は増える。

でも、ニンジンの本質を理解するには、もともとのニンジンを食べてみるのがいい。。。

そうすればカラダで分かる。

そうしてカラダで体験し理解したものが智恵となるのだ。

知識は人間にとって、諸刃の剣だということに気がつかなければいけない。

知識を扱う智恵がない。

知識でクルマを運転できないように、体験からしか学べない。

知識があれば動かせる。そうやって動いてるのが原発、資本主義システム、戦争なのかもしれない。

誰も体験したことのないことをやってる。

資本主義システムも、戦争も、常に新しい仕組みが生まれてくる。
誰かの利益のために。。。

そして、原発はまた知識至上主義が生み出したモンスターだ。

誰も経験したことがないことが起こっていて、ほとんど奇跡に頼る仕組みに等しい。

知識は必要だけれど、必要以上に知識はいらない。

必要な人が必要充分なだけ活用すればいい。

でも、智恵は誰にでももてるし、人が生きていく上で、
自然と共存して生きていくための知恵は、本質的には、大した智恵はいらない。

人間が、もっともっとと我欲のために生きるのも、
それが理想的に思える知識故のものだろう。。。

知恵があればそうはならない。。。

ちょっと批判的だけど、自分にいらない知識は捨ててしまおう。。。

何が必要な知識で、何が必要じゃない知識なのかを考えること、それも智恵かな。。。

11月 1, 2011 心と体 | | コメント (0) | トラックバック (0)