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2012年5月12日 (土)

小さき舟

そして今日旅立ちの時が来た。

大海原に漕ぎだし、あの大地に行くのだ。

帰ってきたものはいない。

たどり着いたのか、海の藻屑と消えたのか。
誰もわからない。

ただ、今日約束の時間となった。

私を送る者はわずか。
旅立つことを知らぬ者も多く、期待する者も少ない。

時が満ちれば、みんな旅立ちの時を迎える。
それは、死ではない。

もう、そこにはいられないのだ。

この大地で暮らした思い出が蘇り、同時に、これからの船出への不安もよぎる。
なぜ、漕ぎ出さなければいけないのか。
そんな疑問など、持つ者はいない。
それは、逃れることができないものだから、受け入れるしかないのだ。

この大地で暮らす者は皆、いつの日か旅立つ日を思いながら生きる。

だから、この大地での日々を大切に生きるのだ。


さあ、小さき舟は海へと漕ぎ出した。

岸から離れるに従い不安は拡がる。

不安と怖れで押しつぶされそうになる。
それでもひたすら漕ぎ続ける。

もう、あの大地も見ることはできない。
もう戻る道はないのだ。

じっとしていても、漂い続けるだけだ。
漕ぎ続けるしかない。

辺りには何も無い。あるのは水平線だけ。
ただ、信じてこぎ続ける。
果たしてどれだけ漕ぎ続けるのかはわからない。

漕いでも漕いでも、あの大地は現れない。

あの大地は、本当にあるのか。
どれだけ信じる力が強くても、心が折れてしまいそうになる。

孤独、不安、怖れ。

それは、何物も頼ることができない不安。
もう、自分がどこにいるのかすらわからない。

そんな時、ふと気がつく。
自分という存在は、自分の周りの世界によって、自分の在りようを創造していたことを。

何も無い大海原のいまここで、自分しかいない。

その時、自分という存在は、大海原のちっぽけな藻屑なのか?

それとも、自分しかいない、全宇宙の支配者なのか。

ここに意識する自分がいて、意識している時、大海原はあり、宇宙はある。

意識していないとき、大海原も、宇宙もないのだ。

あの大地はきっとある。そう信じて漕ぎ続ける。

いつしか、そのリズムとひとつになり、大海原とひとつになる。

そして、宇宙とひとつになって、宇宙の波間に軌跡が残る・・・


5月 12, 2012 心と体 |

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